2019年5月20日 (月)

JR札沼線

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来年廃止される、JR札沼線の末端区間に、乗ってきた。

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廃止区間ひとつ手前の石狩当別から、日にたった一往復の新十津川行きが

出る。

 

もっと乗ってくるかと思いきや、ボックス席の相席をせずに済む程度。

恐らく、30人に足りない。

うち、地元の移動手段として乗っているお客は、片手いたかどうか。

他は(もちろんアタシを含め)お名残乗車のお客。一目瞭然である。

廃止間近になれば、アホみたいにごった返すんだろう。まあまあ、いいときに来れたのかな。

 

乱暴な言い方だが、早くに廃止してしかるべきだっただろう。

カタンコトンとノンビリ走る、単行(一両だけ)のディーゼルカー。すぐ右手に、片側一車線だけど、歩道付きで見事に整備された道路。

昭和の“汽車”を、令和のハイブリッドカーたちが、スイスイ追い抜いて行く。

交通機関としたら、価値はゼロとは言えないけど、まさにスレスレライン。残っている方が、余程不思議だ。

(筆者が眠くなっちまったんで、続く。次回時期不明)

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2019年5月17日 (金)

札幌チャリティー寄席

明日は、コレ!

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2019年4月28日 (日)

久々の「GW」

わが本職の会社は、九連休。今日4/28からの休みである。

 

ここのところ、GWは、アルバイトにいそしんで、夏秋以降の入費に備えていたのだが……。今年は何故か、声がかからず……。
久しぶりに「休暇」な、GW。
急遽、三日間、帰省することにした。

 

しかしアタシ、毎年GW、なじょしてたんだべか?

 

2012~2018 東北道松川PAアルバイト。

2011 県立美術館「ジブリ展」アルバイト

2010 福島サティ(現・福島イオン)アルバイト

2009 5/2に、アタシを福島に連れて来たタンドーのオッサン、逝く。看取り、葬式、火葬、そして5/7、西会津のお墓に納骨。……以来、GWのどこかで墓参り。

2008 タンドーのオッサンの塾を辞めて、最初のGW。とある一日、オッサンを初めて福島でのわが家に誘い、呑む。翌日、二人で完成したばかりの茂庭ダムを見に行き、温泉「もにわの湯」に浸かってきた。とても好い天気で、露天風呂の植え込みに、キビタキが来て、囀っていたっけ。

2005~2007 オッサンの塾は「自習室」も売りだったから、教室に出てた……と思う。オッサンの家(後期は教室を兼ねてた)の庭いじりなどもした。

2004 福島移住を決め、家探しと、塾の様子の確認で福島に来てた。

2003 週刊誌の組版仕事で、出勤していたような記憶……。

2002 24時間稼働の職場だったから、毎日出勤するつもりでいたら、4/30日に「5/2~6まで休め」と言い渡される(^_^;)。急遽、ボンヤリ構想していた「わがご先祖さまが居住していた城址」を訪ねる山陰旅行を敢行。さらに当時、学研都市線・星田に住んでた友人に会い、したたかに呑む。そのため旅程が延び、1日欠勤。「ローカル線の接続を勘違いして帰れなくなっちゃいました~!」と言い訳したっけ(^_^;)。

 

(以下しばらく、印象的な記憶無し)

 

1998? 当時まだ隆盛だった、仙台ハイランドサーキットを見に行こう、と、タンドーのオッサンに誘われ、オッサンの福島の家へ。5/2夕方の新幹線、普通車は望み薄と判断し、キヨミズの舞台から飛び降りるつもりで、グリーン券ゲット!……ところが。遅めの列車だったからか、自由席ガラガラ(゜ロ゜;)。以来、新幹線のグリーンに乗ったことはない(笑)。

 

1996?
 GWに、福島の家に遊びに来いと、タンドーのオッサンに誘われる。合点承知とありがたく承る。
 フツーに行くのはツマラナイと、「只見線経由」を画策。ところが……。新潟県の小出から会津若松まで行くのが、一日たった3本! しかも1本目は早朝。狙うのは2本目、13時の列車しかない。
 前日、当時の職場の飲み会。したたか吞んでしまい、鬼のような二日酔いで、朝の浦和駅から高崎線の電車に。
 小出着。離れたホームに只見線の2両編成ディーゼルカー……。上越線を降りたお客の群れが、走る!走る!走る! 都心のラッシュ並みに雑踏する、若松行きのディーゼルカー(笑)。
 田子倉に近づくにつれ、残雪が深くなる。ただ、樹木の根元だけは丸ぁるく融けて、黒い土が覗いている。木にも体温があるんだなぁ。
 只見駅で雑踏のお客がゴッソリ降りると、すっかり長閑なローカル線に。1両分の長さしかないホームの駅に驚く。
 会津柳津で下車。虚空蔵菩薩に参詣。名物粟饅頭は1個だけ買って食べた……かな? 近くの温泉施設で一風呂浴びるつもりが断られ、仕方なく近隣をうろついて、只見街道へ……。
 なんと! 会津坂下まで乗るつもりだった路線バスが、目と鼻の先を去って行く!! あ~れ~!!
 折しも通りかかったタクシーを捕まえ「バスに追い付く所まで!」とお願いしたが、田舎のバスは意外と俊足、結局板下駅まで乗せてもらった(運賃はちゃんと払った……はず)。
 若松、郡山を経て飯坂電車に乗るころには、すっかり夜になっていた。岩代清水駅で下車。初めて訪ねるタンドーのオッサンの家を目指し、予め教わった道(刑務所通り)を歩いていると……。
 「すいませーん、福島駅は、どう行ったらいいですか?」と、自転車の少年に、道を訊かれた。
 「突き当たりを右、あとはまっすぐだよ」……飯坂電車で、進行左側のドア脇に立って外を眺めてて、よかった。
 「ありがとうございます」と、再び自転車を漕ぎ始めた少年を見送り、わが進む方へ向き直る。まだ建設工事半ばの西道路が横たわっていた。
 この滞在中、当時元気いっぱいだった、犬のダイちゃんの散歩をしてたら、また道を訊かれたっけ!!(笑)

 

 

 

 なんか、ね~。
 やっぱおいら、福島さ、呼ばっちゃんだべなぃ。

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2019年2月27日 (水)

南相馬市原町区 ひばりすこやか学級会

「落語のおもしろさに触れてみよう」

根多帳

小 笑 漫談
とんぼ 「つる(原町Ver.)」
おと丸 俗曲
いさん 「寝床」

開口の小笑兄さんが「お客さん男ばっかり~! 自信無ぇ~!」と雄叫って上がったのだったが……。賑やかに笑ってくださるお客さま揃いで!! 兄さんの杞憂でした。

アタシの「つる」は、“山のつる” 原町バージョン。
相馬野馬追の町だから、首長鳥を見つけるのは、馬場で馬の稽古をしている、お侍。
首長鳥が飛んでくるのが、野馬追のメインイベントである武者競馬の会場の隣「本陣山」の、松。
ご隠居さんの振る舞ってくれるお菓子が、ご当地名物の「アイスまんじゅう」と「凍天(しみてん)」。

マクラには「鶴の恩返し・三部作」。

その1 (前略)……「サギだったんだ!」
その2 (前略)……「ガンだったんだ!」
その3
(前略)翌朝。その娘は、若者にこう云いました。
「お礼に、歌を歌います」
〽あ~あ~、川の流れの、よう~に~〽
……もう、おわかりですね。
これは、鶴ではなく、“ひばり”だったんだ。

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2019年2月14日 (木)

同志

夕方、学校から帰ると突然
「自転車に乗れるようになりたいから、練習に付き合え」
と命じられる。
恐ろしくて仕方なかった、“母”に。

私は子供の頃から、自分で呆れるほどの不器用である。
いわゆる“スポーツ”については、特に顕著で。学校の体力測定で課される「ソフトボール投げ」は、小中通じて常にクラスのビリ。学年でもワースト3をキープしていた。今思えば、何かしら発達障害を抱えていたのだ。
基本的には現在もそのまんまなのだが、幸い、それをカバーする性質を伸ばせたらしく、まあまあ不自由なく生活出来ている。

続く!! 次回は気が向いたときに……

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