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2007年5月27日 (日)

バカボンのパパはなぜ・・・

 ・・・天才なのか、という本。
 3年前に、塾の国語講師を始めたとき、出会ったのが「齋藤メソッド」で知られている、齋藤 孝さんの「声に出して読みたい日本語」と「理想の国語教科書」であった。最近はまた図書館で齋藤さんの本を拾い出しては読んでいたのだが、今朝、市立図書館のホームページに行ったら、この本が引っかかった。まさかの齋藤さんの漫画評論!?
 前回「中学生の頃の将来の夢は噺家だった」と書いたが、小学校高学年の頃の、私の将来の夢は漫画家だったのである。今はそれほど漫画は読まないが、夏目房之助さんの漫画評論はかなり好きで買い込んでいるし、テレビを見る時間より、まだ漫画に親しむ時間の方が長いし、塾の生徒にも「本は読まなくてもせめて漫画は読みなさい」と云っている。しかも、この「題名のインパクト」ときたら! ましてや、この本、うちの最寄りの学習センターに在庫中、というのだから、これはもう「本が呼んだ」としか云いようがない。
 じつはほかに色々こなさなくてはいけない用事もあるのだが、いても立ってもいられず、さっそく出かけてまんまと借り出した。いままでとは違った、齋藤さんの一面を見せてもらったようで、自分の状況に照らし合わせてなるほどと共感しつつ、部屋で一人で爆笑しまくったあげく、先ほど読破。これはうちの書棚にも加えるべし、と決意して、先ほどネットショッピングで注文してしまいました。

 ある塾生が「三澤の講義はクドイ」と云ってきたそうである。
 確かに自分でも、そうだろうと納得できる。それを聞いたのが昨日の夕方。それからずっと「講義をクドくなくするには・・・」と考えていたが、結論として、どうもこれは直しようがない、食い物も飲み物も、クドイ味のものが好きだし、落語もクドイくらいに繰り返しの多いの(寿限無とか牛ほめとか金明竹とかあくび指南とか)が好きだし、「クドくて嫌われる」とご自身が書いている、橋本 治さんの作品が好きだし、古いクルマや10年選手のMacに固執するのもそれだし、そもそも自分自身が不器用で、あることを修得するのに山ほど繰り返さなければできるようにならないから、自分に教え込むのと同じように彼らに押しつけている感じもするし、だいたいがこんなことをつらつら考えてブログに書き込んでいること自体そうだし、自分の遺伝子自体がクドくできているんだからしょうがない、と、腹をくくったところである(以上言語化に要した時間まる一日・・・苦笑)。でも、クドイ講義がウケないなら、どうすりゃいいのか。
 十年ほど前の漫画に「ソムリエ」というのがあり、稲垣吾郎さん主演でドラマにもなったが、そのなかにヒントがありそうである。主人公のジョーがフランスでチーフをしていたレストランの評判が落ちているという。シェフの「古典的フランス料理」がクドイ、というわけだ。で、ジョーは、シェフの味を守りつつ、お客にもウケる方法を編み出す、という件(くだり)がある。それをこれから読み直そうかと思う。
 あとは、「バカボンの・・・」の中で、齋藤さんの云っていた「型にしてしまう」のも手かな。私の大好きだった柳昇師の「わたくしはぁ、春風亭柳昇といいまして、大きなことを言うようですが、“しんぷーてーりゅーしょー”といえば、我が国では、・・・」が、毎度のセリフなのに、いつ聞いても、なんだか、どうしても笑ってしまうように。

 しっかし、今回のこの文も、まぁ、クドイこと。

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2007年5月26日 (土)

わが「人生を変えた」本との再会

 定かな記憶ではないが、小学校五年生の頃であったと思われる。
 当時から、月に数回は、市立の図書館に入り浸っていた。鉄道少年であった私は、専らその手の本を漁り、借りまくっていたのである。年中しょっちゅう似たような本、同じような本ばかり借りてくるものだから、親も少々呆れて、ある日「たまには他の本棚からも借りてきなさい」というようなお叱言をたまわったようである。そこは素直なもので、「ああなるほど」と、いつもは目もくれなかった本棚を眺めて歩くことにした。
 目に飛び込んできたのは、割と分厚く、上のオレンジ、中の白、下の緑のグラデーションに彩られ、背には太く、黒々と奇抜なタイトルが躍っている本たちであった。
「首ちょうちん」「お化け長屋」「死に神」「ろくろっ首」「まんじゅうこわい」……。
 同じ頃、本屋で「心霊写真」の本をゾクゾクしながら立ち読みしていた思い出もある。ホラーなタイトルに「その手の本なのか?」と思いつつ、手に取ったのかもしれない。
 開いてチラッと読んでみる。
 ……なんだ、コリャ!
 先入観は見事に打ち砕かれた。「怖い本」ではなく、「落語」の本だったのだ。
 それまでも、笑い話やとんち話は好きであったが、ボリュームのあるストーリーになっているものは初体験で、その場ですっかり魅了されてしまったのであった。
 借りて帰って、読んでゲラゲラ笑っている私を、親も不思議に思ったのであろう。借りてきた本を音読してみよ、という。そこで「牛ほめ」を、爆笑しつつ読んだのを、はっきり憶えている。
 以後、私はこの「偕成社・少年少女名作落語」シリーズ全十二巻を、爆笑のうちに読破したのを手始めに、その隣に並んでいた先代の燕路師による「子ども寄席」はもちろん、大人の本のコーナーにあった興津要氏「古典落語」へ・・・と、触手を広げていった。
 「演じられる落語」にはまったのは、中学生になり、ラジオ少年になってからである。ラジオの演芸番組はすべからく網羅してエアチェック(・・・今や死語)しまくった。その頃のカセットコレクションが今でも段ボールひと箱ある。そして中学二年生のとき、学校になんと「落語クラブ」ができた。もちろんそれに参加した。文化祭では、上級生を差し置いて「金明竹」で高座を務めた。スポットライトのまぶしさ、熱さを今でも思い出す。
 進学する高校を決めるとき、決め手になったのがやはり「落語」である。たまたま家からほど近い高校に「落語研究部」があったのだ。中学の落語クラブの先輩もそこに進学していたし、学力も相応であったから、迷わなかった。
 ところが、いざ行ってみると高校の「落研」、すでに廃部寸前だったのである。私を入れてメンバー二名というていたらくで、私の在学中はなんとか維持したが、結局私の卒業とともにクラブはお仕舞いになり、私自身の落語熱もすっかり冷めてしまった。この「落研」が盛んであったら、私は恐らくプロの道を目指していたであろう。残念ながらというか、幸いといおうか、そういうことにはならなかった。そんなこともあって、「ホール落語」ではない、ほんものの「寄席」に初めて足を運ぶのは、つい四年前、落語と出会ってからもう四半世紀の刻が流れた後のことになる。
 ただ、それから自分の歩んできた三十年を振り返るにつけ、「落語」の影がいかに大きかったか。「落研」ゆえに進学した高校だったが、そこで出会った友人との関係から「生物部」に入部(落研と掛け持ち。「理科少年」でもあったのだ)、その流れで進学する大学も決めた。もちろん国語(古文漢文)は得意分野であった。さらに、今福島で塾講師をしているが、塾頭との出会いも、高校時代の親友の紹介によるものである。塾頭が私を国語講師として福島に呼んでくれたのも、私が落語、古典落語におおいに馴染んでいることを知ってくれていたからということもある。
 この春、塾で小学校五年生の男の子を二人、受け持つことになった。前々から毎回の国語の授業で「音読」「暗誦」を採り入れたいと思っているのだが、ネタ選びがなかなか苦しい。もちろん「落語」も候補のひとつで、図書館で子ども向きの落語の本を一通り漁ってみたりもした。五百ばなしの圓窓師、笑点でおなじみの木久蔵師(こんど木久扇-きくおう-に改名される)の本などが並んでいる。しかし、どうも、自分にはいまひとつしっくりこないのである。「あの本」のインパクトが強烈に身にしみているせいか。
 ネットで調べたら、ありました、「あの本」。福島市立図書館に蔵されていることがわかったので、係のお姉さんの手をわずらわせて、普段は書庫で眠りについている「首ちょうちん」と「目黒のさんま」にお呼び出しをかける。……出てきました、さすがに三十年の時を経て、ちょっとくすんでいるけれど、まさしく少年の頃の私にインパクトをあたえてくれた「あの本」たち。
 改めて見れば、感心することしきり。活字は思いのほか小さい。ただし、ほぼ総ルビになっているので、小学生にも読みこなせる。著者の諸先生方が、当時第一線の放送・演芸作家の方々ということもあって、本文は気っぷのよい「江戸弁」にあふれ、小学生にはなじみのない言葉も少なくないけれど、リズムに乗って気持ちよく読ませてくれる。若菜珪氏の挿絵も流麗で楽しい。各々の噺のあとにはその噺の解説が付き、「落ち」の種類の説明もある。巻末には「マクラ」で使う小咄数点が掲載されているのもうれしく、江戸の風物や、落語の成立についての解説文(「落語について」という文は、かの百人一首の研究などでも知られる国文学者、池田彌三郎氏の筆である)が附されている。落語に関する本は数あるけれど、「入門書」として、これだけ豊かで親切な内容の本はなかなかなさそうだ。
 長らくDTPに携わってきた経験から、「表紙・カバーのインパクト」にも注意が向く。ぱっと目を引く派手な地色に太く黒々としたタイトルを配した、厚みのある背には、ほかの本を圧倒する力を感じる。「書名」の選びかたも、収録演題中の最もよく知られたものではなく、あえてホラー的だったり不思議な言い回しのものを主体にし、「おや!?」と思わせ、中身でガラリとひっくり返すという秀逸さ。加えて、小学校低学年でもわかる漢字+かなと単語の組み合わせが効いている。同じデザインでも「寿限無」より「目黒のさんま」、「長屋の花見」より「首ちょうちん」のほうが、「何だ、コレ?」と興味をかき立て、取っつきやすい感じを与える効果は大きいであろう。
 (余談だが、このカバーの色、上がオレンジ、下が緑は、いわゆる「湘南色(東海道線や首都圏の東北線、高崎線の電車の塗色)」だから、鉄道少年であった私にとっては、余計目を引く色だったのではないかと思われる)
 現在でも、第七巻「目黒のさんま(「寿限無」も収録)」だけは、一般書店で手に入るようだが、他は残念ながら絶版。長引く出版不況の時勢に加え、注意して読むと、いわゆる「差別的用語」が使われているところもあり、なかなか困難かもしれないが、少々形を変えてでも、復刊を望みたい。ただ、もし実現するなら、「背のインパクト」は、必ず引き継いでほしいものである。
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 投稿日は5月26日ですが、これを書いたのは5月20日の日曜日でした。その日、私が尊敬していた「出札口」で一世を風靡した三遊亭右女助師が逝去されました。合掌。

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2007年5月13日 (日)

タケノコをゆでるうた

 今日は、近所のスーパーで、地産の小ぶりなタケノコ「2本99円」を仕入れてきた。
 以前メモしておいた「タケノコの美味しいゆで方」を引っ張り出していたら、なんとなく歌になった。

「タケノコをゆでるうた」

 タケノコおいしくゆでましょう
 あたまを斜めに落としてね
 タテに一本切れ込み入れて
 米のとぎ汁 糠の汁
 冷たいところに入れましょう
 唐辛子などチョチョイと入れて
 火をつけ沸いたら 一時間
 そのまま鍋で冷ましましょ

 冷めたらあとはお好きなように
 タケノコご飯にお吸い物
 ワカメと一緒に炊いてもいいし
 お醤油サッ でも、こりゃたまらん!

 これを覚えておけば、あなたも「タケノコゆでの名人」に?

 さ、あと15分でゆで上がりだな。楽しみ楽しみ。

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アゲハチョウになる

「ピーターラビット」になった翌日、塾の英語の先生に、ご自宅(ここも昨日の場所とは別だが教室がある)の裏手に生えているサンショの木の芽をいただいた。
 子どもの頃、植木鉢にグレープフルーツの種を植えたら、思いのほかグングン成長して、ずいぶん立派な木になったものである。ところが、どこからそれを見つけてくるのか、アゲハチョウがひらひらと飛んできて産卵し、秋になる頃には、その幼虫に、つややかな緑の葉をことごとくワシワシと喰い尽くされてしまったものである。聞けば、英語の先生宅の山椒の木にも、アゲハチョウがつくそうな。こちらはその一足先に、木の芽をかすめさせていただいたというわけである。
 木の芽と云えばどうしても「木の芽田楽」が思い浮かぶ。
 落語の「味噌蔵」。どケチのダンナがめずらしく留守をしたスキに、店のものがみんなで共謀して大宴会をして鬱憤を晴らそうというのだが・・・。その狂言回しになる料理が、豆腐に味噌をつけて焼いた「田楽」。手間が掛かるので今までやったことがなかったけれど、これはやるしかないでしょう。
 「木の芽味噌」をまず作る。和食の本格的なやりかたなぞ知るわけないし、現物を目の前にしてあれこれ調べるのも面倒なので、とにかく木の芽をみじんに刻み、すり鉢で味噌とすり混ぜる。もちろん、あとで「あしらう」分はチョイと残しておく(この辺はテレビの料理番組をよく見ていたのが効いている)。
 豆腐は厚み1センチくらいに切り、ガスレンジのグリルで焼く。かすかに焦げ目がついたら裏返す。
 さきほどの「木の芽味噌」だが、さすがにそのままでは粘っこすぎて豆腐に塗れない。少々取り分け、酒、砂糖、水を加えてゆるめに練って、裏にも焦げ目がつき始めた豆腐に塗りたくり、味噌ダレが香ばしく焦げるまで焼き続ける。
 焼き上がりをグリルから取り出しながら、思わず口走ってしまいましたねぇ。
「いけない! 味噌蔵に火が入った!」

 皿に並べた田楽に、残しておいた生の木の芽をあしらい、熱々をいただく。
 ・・・。そして、私はアゲハチョウになりました。幸せ。

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ピーターラビットのお食事

 去る5月9日水曜日、夕方時間が空いたので、勤務先の塾(塾頭のご自宅)の庭が、このところの陽気で伸び放題になっていたので、草刈りに行く。
 鎌を持って刈り始めて気が付いた。伸びているのが、ほとんどクローバーなのだ。
 まさか四つ葉のクローバーを探そうとは思わなかったが、伸び放題のクローバーを見ている内に「美味しそうだな」という気がしてきた。クローバー(和名シロツメクサ、別名ウマゴヤシ)は確か、わが蔵書「食べられる野草」の中にも取り上げられていたはずだ。おまけにクローバーは「マメ科」の草だ。スーパーに行けば、これによく似た「豆苗(トウミョウ)」を、一袋100円くらいで売っている。マメ科の草ならアミノ酸も豊富なはずだし、これは試してみるほかないぞ。
 そこで、鎌を植木ばさみに持ち替えて、チョキチョキと、小ぶりのスーパー袋いっぱいに収穫して持ち帰ることに相成った。
 まずは柔らかそうなところを生でかじってみる。
「・・・。子どもの頃ふざけて喰った芝生のような味」
 洗い桶でザブザブ洗い、少々混じっていたクローバー以外の草を丹念に取り除き、鍋でゆでる。見た目とイメージに反して、結構どす黒いアクが出てきた。生えていた庭の土のせいか?
 ゆで上がったのを水さらしし、ギュッと絞ると、なんだか「繊維っぽい菜っぱのゆでたの」状態になる。この内の1/3はゴマ和えに。1/3はみそ汁の具に。1/3は、後に残す。
 ・・・。思っていたほどは美味しくない。味が素っ気ないうえに、育ち過ぎゆえか、葉柄の繊維がかなり硬い。セルロースを消化できる馬くん、牛くん、羊くん、ピーターくんであれば、喜んでむさぼるのだろうけど。我々人間にはちょいと・・・。
 最後に残ったのも捨てるのはクヤシイので、細かく刻んで油炒めにした。一番これがマシであった。
 あとで気が付いた。人間が喰って美味しいなら、クローバーはとっくの昔に「野菜」になっているはずだよね。

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2007年5月 7日 (月)

La candeur

 さっきまでいろいろ書いていたら、突然システムエラーになりやがった。
 長話は嫌われるってことかな。じゃ、いいや。

 で、今夜の晩飯。
 酒が切れたのに、財布の中には600円。悩みつつ、一番近い「いちい」へ。昨日なら448円で買えた某合成酒を、涙をのんで468円でカゴに入れる。158円の「半額シール」の鯖2枚と、198円の「イワシの丸干し」半額シールで、大いに迷う。
 3年前の福島移住以来、カセットコンロでしのいできたが、その最大の弱点は「魚が焼きにくい」こと。先日ようやく「グリル付きガスコンロ」を手に入れたので、もう、魚焼きたくて仕方がないのである。
 パックのイワシは8匹。一人で焼いて喰うには多いし、置いておくと不味くなってしまう。店を3回ほど回りながら考え、ひらめいた。「残りはみそ煮にすればいい」。幸い、半額シール箱はまだそこにいた。すかさず手にとって逃げるようにして店を去る。
 イワシ6匹をみそ煮にする。アタマを取って、腹を開く。でも、取ったアタマがどうにももったいない。総身で焼いたら、絶対アタマごと喰うはずなのだ。よって、切ったアタマはすぐグリルで焼いて、案の定、今日の突き出しで美味しくいただくことになった。
 ずいぶん昔に、某バザーで買った、白磁でガラスの蓋付きの四角いシチュー鍋。これに水を張り、昆布を敷いて沸かす。沸いたところに酢と酒を加え、煮立てて酢・酒の臭みを飛ばし、開いたイワシ、ショウガ・ニンニクの薄切りを入れて、落としぶた(アルミホイルの即席)をする。煮立ったら、味噌を加え(今回は地の味噌と八丁味噌の混合)、しばらく煮立てる。匂いが「魚臭くなくなった」ところで火を止めた。
 ここまでしておいて、今夜喰わないのがミソである。今夜は、残りの二匹を焼いたのと、在庫のコンニャクで「鶏味噌田楽」である。イワシ丸干しの焼き魚は、もちろんたいへん美味で、アタマも骨も残さずいただきました。カルシウム山盛り取ったから、ココログがタコっても、腹立たないのかな!?
 

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