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2007年8月25日 (土)

うちの餃子

 なぜだか無性に、餃子を作りたくなることがある。
 作るとなると、手間も時間もかかるし、根気もいるので、かなりの気合いが必要である。だから「手作り餃子」は、数年に一度しかわが食卓に上らない、幻のメニューである。福島移住このかた3年以上になるが、おそらくそれから一度も作っていない。
 しかし、その機会は突如訪れた。



 8月初頭、トライアルの前の八百屋を覗いた。長梅雨のあとの猛暑と来て、野菜が高い。特にネギ系が高い。ここの八百屋はいつも売価100円位でネギを置いている(もちろん時により本数が多かったり少なかったりするが)ので、寄ってみたのだが・・・。レジ前に、なんと「ニラ10束105円」が!
 30秒間記憶を巡らせて、ニラ料理をひねり出す。そして、一度手に持ったネギを返して、10束105円を買うことにした。
 大半はすぐに「ニラ醤油」に加工。ニラを刻んで醤油につけ込むだけ、というタンドー塾頭から教わったものだが、少しアレンジして、一度軽く塩もみしてから醤油につけ込むようにした。私の夏の食卓に欠かせない「冷や奴」の友となる。塩もみの効果があって、まろやかなニラ醤油ができた。もちろん「師匠」の塾頭にもお裾分け。
 2把は二晩にわたって「油炒め」で食膳に。
 2把は「あとでレバニラにでもしよう」というつもりで、5センチに切って冷凍庫へ。

 その後すぐ、近所のスーパーで豚挽肉の「半額シール」パック発見。最近すっかり作らなくなってしまった麻婆豆腐にでもするつもりで、小分けして冷凍庫へ。ほどなく「魚三昧」が始まってしまったので、「餃子の役者」が揃い始めたのをすっかり忘れていた。

 お盆があけても野菜が高い。ここのところ「疲れ気味」なのは、暑さのせいもあるけれど、どうもビタミンが足りないからのようである。買い出しに行って、目が行くのは「見切り品野菜コーナー」と相成った。そこで先日見つけたのが「紫キャベツ1/4 見切り品40円」。「ポリフェノールだ!」と心の中で叫んでカゴへ。さらにフロアを巡りながら「・・・ん、待てよ」。家にはニラと、豚挽肉。カゴには紫キャベツ。ニンニクは常時在庫しているし、あとは皮さえゲットすれば、材料はすっかり揃うのだ。お肉コーナーに行くと、棚にワンタンの皮の値引き品が・・・。形も食感も餃子の皮とは違うが、これも一興と、カゴに入れて買って帰る。で、本日の「ワンタン皮包み・紫キャベツの餃子作り」と相成った。

 うちの餃子は、肉の倍くらいの野菜を入れる「野菜餃子」である。野菜はキャベツとニラ。白菜は使わない。
 だいぶ以前、TVの「チューボーですよ」に、山田邦子さんが出演して、彼女の「母の餃子」を作ったことがある。見ていると、うちの餃子とほぼ同じ材料である。ただ、山田家の餃子は、野菜をみじん切りにしたあと、塩を振って布巾にくるみ、水分をギュッと絞ってしまう。邦ちゃん曰く「これで水っぽくなくなる」とのたまっていたが・・・。
 こちらは、野菜の水を絞らない。でも、アンがむっちりした、食べ応えのあるものができあがる。その秘密は、アンを練る時に、片栗粉を混ぜ込んで、水分をくるみこんでしまうことにある。
 野菜のみじん切りに、ニンニクのすり下ろし、挽肉、塩、胡椒、醤油、酒の調味料をテキトーに加え、片栗粉を適量加えてよく練り混ぜる。前に述べたとおり、あくまで野菜を多くする。各材料や調味料の分量ははっきり量ったことがない。あくまでテキトー、目分量。このアンを皮に包む。今回は四角いワンタンの皮だったから、ちょいと包みにくい。そして、焼き。これはやはりテレビの料理番組で、陳健一さんが解説していたのを憶えていて、応用している。フライパンをよく温めて油を少しだけ敷き、餃子を並べたら、すぐに熱湯を適量入れて蓋をして蒸すようにする。水分が飛んだら仕上げの油(うちではゴマ油にする)を加えて、すこし焦げ目をつけて完成。羽根付餃子にしたかったら、お湯に小麦粉を少し溶いておけばよい。
 熱々を早速頬張る。ワンタン皮で紫キャベツという「変わり種」ではあるが、まさしく「うちの餃子の味」に仕上がった。市販の餃子や、中華料理店の餃子もいろいろ食べてきたけれど、うちの餃子は一種独特で、キャベツとニラの味と香りと食感のインパクトがググッとくる、他では味わえないものである。たぶん、片栗粉が野菜ジュースをしっかりと受け止めてくれるからであろう。この餃子のアンのレシピは、子どもの頃、母の手伝いをして覚えたものだが、自分で作るたびに、いつでも昔なじみの懐かしい味に再会できる。不思議で、なつかしい「うちの餃子」である。

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夏の「魚三昧」

その1。
 お盆前に、小泉武夫先生の「酒肴奇譚」を読んでいたら、「カツオのみそ漬けが日本酒に合う」という一節が。すると、なんとその翌日に、「カツオの切り身7枚入り・398円」の「半額シール!」に出会ってしまったのである。これはやるしかない。みそを酒少々で溶いて切り身に馴染むようにして、タッパーにつけ込む。翌日から、グリルでコンガリ焼いて肴&オカズにし、約2週にわたって賞味した。残ったみそ床は、千六本のみそ汁にしてすっかりいただいた。

その2。
 ブラジルに長く住んでいて、最近帰国し、現在札幌に住んでいる大学時代の友人がある。ほとんど20年ぶり位に電話で話したが、声は全然変わっていなかったなぁ。話しているうちに、「なにかうまいものを送ってやる」という。電話のあと二、三日して、帰宅すると宅急便の不在票が。さっそく連絡して、来てもらうと・・・。届けられたのは、1メートルはあろうかという、細長い箱。
Photo(当ブログ初の写真ですな)
 なんと、時鮭の半身の冷凍である。さすが北海道! そして、友人の「うまいもの」へのこだわりと、心遣いが、ひしひしと伝わってくる逸品である。うちの小さな冷蔵庫には収まりきらないので、早速切り分け、いつも野菜をたんまりいただく英語の先生と、いつも上等のお米を頂戴している塾頭にお裾分け。受け取った明くる晩に一切れ焼いて肴&オカズにしたが、なんともいえない上品で豊かな脂の乗った身に、大感激。もったいなくて、おいそれとは食いきれない。だいじに少しずつ賞味すべく、冷凍庫に眠らせてある。勿論「氷頭」も! 紺ちゃんありがとう。

その3。
 前回の記事のとおり、お盆に東京に帰ったのだが、その際、上の弟が伊豆へ遊びにいったおみやげの干物をくれた。鯖の片身と鰺の開き各一枚。福島に戻った翌日と翌々日、さっそく焼いて夕食の膳に。鯖は、脂のノリ、そして干し加減が申し分ない。トレトレの鯖をすぐにさばいて、干しあげないとこうはいかない。さすがに伊豆ならではの干物である。鰺は、あっさりほっこり。夕食にしたのだが、これはやっぱり「海辺の旅館の朝飯」で、二日酔い野郎に思わずゴハンをお代わりさせてしまう癒し系の味である。頭から尻尾から中骨からゼイゴまで、パリパリ噛んで、不足しがちなカルシウムを補給させてもらった。ごちそうさまでした。

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2007年8月16日 (木)

きれいになった、東京の空

 この夏、福島移住以来、この季節としては初めて東京へ里帰りをした。
 クルマを相模原の友人に拝借していたのだが、彼のところで、別のクルマ、しかも車検たっぷりなのが不要になったのを呉れるというので、交換がてらの帰京である(いやはや、クルマも無料(タダ)で手に入る時代になったのね)。
 8月12日、日曜日。往きは、彼から拝借していた昭和57年の「ミニカエコノ」。この猛暑の中、エアコン無し。当然窓全開で、いつもの如く国道4号線をひたすら南下。お盆渋滞の逆で、こっち方向はいつもよりむしろ快適に流れる。埼玉に入ったところで、相模原への道程に悩み出す。国道16号で行けばほぼ一本道なのだが、途中、大宮・川越あたりで混みそうだし、風景も単調で、あまり魅力的でない。今日はお盆の日曜日、こんな機会は滅多にないから、都心を串刺しにして向かおうと決める。越谷草加あたりの渋滞に大汗になりながら、さらに国道4号を南へ南へ・・・。
 都県境をまたぎ、東京都に入ったらさすがお盆で、埼玉よりも流れがスムース。千住〜上野駅前を通り過ぎ、御徒町の多慶屋前で赤タン半固定。そのとき、右側から、ふっ、と爽やかな風が吹いてきた。
 あのあたりを走ったり歩いたことのある方ならわかると思うが「御徒町多慶屋前」とは、首都高1号線がすっぽりと一般道の上を覆っているところである。真夏の東京都心、しかもそんなむさ苦しげなところで、涼風を感じようとは・・・。風に埃っぽさ、排気ガスっぽさがない。爽やかさは温度のせいだけではない。
 その後、日比谷の皇居のお堀と石垣、三宅坂の国会議事堂、最高裁を左右に見てR246に入り、渋谷の町並みを抜け、がっちり東京見物を済ませた気分で再び首都高下へ。全開の窓から入ってくる風は相変わらず爽やかさを失わない。道の名が玉川通りから大山街道に変わるころから、フロントスクリーンには、オレンジ〜紺色のグラデーションに染まった雲ひとつ無い夕焼け空に、くっきり黒々と横たわる丹沢連山が映し出される。小さな福島盆地に暮らすようになって以来、たまに帰ってくる関東平野の広々とした空に、いつも開放感を味わうのだが、今回はひとしお美しく、大きな空であった。
 東京のディーゼル規制が功を奏してきたのか、空気がきれいになったと実感したものである。友人や家族にそう云うと「お盆でクルマが少ないからね〜」と返されたが、決してそれだけではなさそうだ。なにしろ、9時間にわたっての真夏の窓全開走行にもかかわらず、額にいつもの「どす黒い塩」が、かけらもつかなかったのだから・・・。

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