サキヅケ
一種の「専門用語」「業界用語」である。
この言葉を初めて知ったのは、まだ中学生の頃であったろう。麻雀用語である。中学生にして麻雀か、と思われるかもしれないけれど、当時我が家では、家族麻雀が団欒の大きな要素だったのだ。当時まだファミコンなんぞなかった。兄弟三人、五人家族のわが家では、将棋や囲碁のような「タイマンを張るゲーム」よりも、トランプの「ページワン!」や、「UNO」のような家族揃って一緒に遊べるゲームが向いていたのだろう。ただ、麻雀は四人でやるものだから、一人余る。最初は母と弟たちが組んで一席を占めていたが、そのうち弟たちもメキメキと力をつけはじめ、母の出る幕が少なくなっていった。しまいには「二抜け」でやっていたかもしれない。正月には、今は亡き祖父も一緒に雀卓を囲んだものであった。もちろん、純粋なゲームとして。
うちの麻雀は、ごくごく一般的なルールに従ってやっていたので、一翻しばりである。役がないとアガれない。私の父は、ゲームをするとなると、参考書を必ず買ってくる人で、麻雀のマニュアル本もあった。暇な時にはそれを眺めながら、役をひとつひとつ憶えていったものである。ただ、役は憶えたものの、点数計算は父がずっとその本と首っ引きでやって出していたので、とうとうこちらはその計算方法を憶えずじまいである。
麻雀用語で「サキヅケ」とは、当たり牌によって役が付くかどうか決まるテンパイの形のことである。例を示すと・・・
11 456 四五 ⅣⅤⅥ 北北北(北はオタ風。メンゼンの手とする。マシン環境で「五」と「北」の間の文字が化けたらゴメンナサイ。化け文字はローマ数字の456です)のような両面待ちテンパイ。六が来れば「三色同順(いわゆるサンショク)」なのだが、三では役がない。自分で「三」なり「六」を自摸ってくれば文句はないのだが・・・。他人から「六」が出て、「ロン!」と声を張り上げたときに、それをアガりと認めるか、それとも8,000点(親なら12,000点)の罰を食らう「チョンボ」とするかは、対局前に全員で合意を形成しておく必要があった。「サキヅケ有り(アガれる)」か、「サキヅケ無し(チョンボにする)」かである。但し、自摸一巡内のうちに出た「三」ではアガれず、他家から「六」が出てロンしたらそれは当然「見逃し三振アウト(これを麻雀用語で何と云ったか忘れた)」でチョンボだ(まあ、こんなどうもならんテンパイになったら、通常「リーチ」かけますけど)。
「サキヅケ」という言葉に、別の意味があるのを知ったのは、就職して営業マンになった時である。営業マンの大切な仕事に「集金」がある。お客さんはいろいろな形で支払いをしてくる。そのなかに「先付小切手」というものがあるのだと教わった。
小切手というものは、振り出した銀行に持って行けば、その場でお客さんの口座から引き出した現金に交換してくれるものである。しかし、お客さんによっては、そうされるとちょいと困ったことになるところがある。売上金回収のタイミングが合わないことがあるからだ。そこで、お客さんと、こちらとの合意の上で、小切手に記入する日付を、小切手を受け取る日よりも若干先の日付にして、融通を利かすのである。厳密に云うと、小切手の使用法に触れる「約束違反」なのだが、「何ヶ月も先延ばしされる手形よりはマシ」ということで結構使われている手だ。小切手が不渡りになってしまうと、お客さんもこちらも困るから、お互い用心深くやりとりしたものである。
「サキヅケ」のもう一つの意味を知ったのは・・・。就職した年末である。そこは食品を扱う会社であった。生鮮品ではなかったが、やはり製造年月日は消費者にとって気になる。年末の需要期になると、特定の商品に需要が集中する。正直にやっていたのでは工場の操業効率がガタ落ちになってしまう。そこで、製造年月日を「今日よりちょいと先の日付」にしたり、極端な場合は「日付なし(ロットだけ印字)」にしたりしていたのだ。その「先の日付」を包装に打つことを「サキヅケ」と云っていた。倉庫での保管や出荷にも、厳重に注意が払われていた。
食品の不正表示の事件がここのところ相次いだので、こんなことを思い出した。
もちろん製造年月日の「サキヅケ」は、消費者の目をあざむくことで、やってはいけないことだし、バレれば一気に「信用失墜→経営破綻」という大きな罰が待っている。でも、それをさせる、させてしまう雰囲気を、消費者は作っていないだろうか。
自分の舌と鼻と、目で、「この食い物は大丈夫かいな?」という判断が厳しくできるなら、業者は嘘をつけないだろう。消費者も、経験を積むべきなのだ。その点、このところ相次いだ「おみやげ名物」の不祥事は、このような「消費者の経験」がないところで起こされた。「名物に美味いものなし」とは、金言である。
日常消費食品の業者は、もっと厳しい目に晒されている。ただし、それをかいくぐって、不正をする業者は後を絶たないだろうし、「今まで金輪際やったことがありません!」と大手を振って断言できる食品企業は皆無に近いだろうと思う。
「悪くなった食品」を、口にする機会が少なくなりすぎたからかも知れない。冷蔵庫の普及、流通の発達、流通業者さんたちの不断の努力・・・等々によって。それだけに、消費者としては「食い物が“悪くなる”と、こうなる」というのは、知っていて損はない以上に、知っておくべきことだろう。賞味期限や消費期限が大分過ぎてしまった食品。それは、そのままゴミ箱に放り込むのではなく、ちょっと臭いをかいで、舐めてみてからでもいいのだ。臭かったり、舐めて変な味がしたら、吐き出して、口をゆすいでおけばいい。
ちなみに・・・
肉・魚系。まず臭いをかぐ。生魚だけは即日食べるしかない。魚の干物と肉類は冷蔵庫で1週間内外はなんとかいけるが、意外と豚肉薄切りの足が速い。脂が黄色っぽくなり、赤身に薄黄色いポチポチがきたら要注意(このくらいになると結構腐った臭いがする)。よく洗って、芯まで加熱して使う。
牛乳。開封後、冷蔵庫で消費期限後一週間位はイケる。但し、苦みが出ていたら、泣きながら流しに棄てる。
豆腐。パックを開けて、水がネトッとしていたら、ちょっと考える。一口食べてみて、酸味が出ていたら、冷や奴にはしない(イヤな奴に「これが“チリトテチン”だよ」と云って食べさせちゃうのも一興)。ちなみに、買った日から消費期限まで何日かあるような商品もあるが、期限前でも買ってから数日経っていたらよくチェックしたい(じつは先日、当地で「豆腐の消費期限」の不正事件が出ています。全国ニュースにはなりませんでしたが・・・)。
卵。冷蔵庫で消費期限一ヶ月過ぎ位置いたことがあるが、割ってみるとまだ黄身が丸く盛り上がる。そもそも私は卵の生食をしないので、それをみて安心して加熱使用。
食べることに関して、本当に「便利な世の中」になった現代日本だが、その代償として、なにか大切な感覚が、奪われてしまったのではないか、という気がする。強いてお勧めはしないけれど、賞味期限、消費期限の切れた食品を口にしてみれば、その感覚を取り戻す一助になるのでは。
但し、あくまでも自己責任でね。
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