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2010年3月18日 (木)

続・地震

先日、辿り着けなかった話を、これからしようと思います。

でも、ちゃんと「落ち」まで行けるかしら…。近頃「酔余の手慰み」ですからねぇ、このブログ。ネタを着想するまではいいんだけど、ケータイ握ったまんま、気が付くと朝、ということが少なくないのでございますデスよ…。だからワタクシのケータイの中には、相当数のボツ原稿が……。

それはさておき……。

ワタクシが今、福島に暮らしているのは「地震」のおかげでもあるのです。
というより、タンドーのオッサンの「予知能力」のおかげか…。


16年前、平成6年の夏、ワタクシは二回目の転職をして、神奈川の秦野から、埼玉の浦和に居を移した。「少〜し近くに戻って来たよ」と、村山神明のネオライフに挨拶しに訪ねた時。店の裏の部屋は、相変わらず、知っている人は知っている、足の踏み場のない「物置状態」だった。

ところが、それから間もないその年末。さまざまな理由から、ワタクシが「ネオライフ通信・三代目編集担当」になった頃。この“物置”が、見事、オッサンの「住まい」に模様替えされていたから、驚いた。

聞けば、福島で、親父さんが人に貸していた家が空いた。折しも長女、Yちゃんが誕生。その時住んでいた国分寺のメゾネットも手狭だし…。「子育てするなら東京じゃダメ! やっぱり福島だ!」と、奥様を説き伏せて、無理矢理福島へ引っ越させ、自分は“単身赴任”してるんだ、と云って、笑った。

こっちは「へぇー、大変スね〜」なんて調子を合わせながら、以来、編集会議と銘打って、店裏に入り浸っては、オッサンと杯を傾けるようになったのである。

あくる平成7年。
1月17日早朝に起こったのが「阪神大震災」。ラジオが「神戸、震度6」というのが耳に入って、慌ててロフトの寝床から転がるように降りて、出勤間際までテレビの前から離れられなかった。

それから程なく。
「編集会議」をしに訪ねたら、オッサン、どうも沈み加減。

「誰か、向こうの友達でも、震災の犠牲になっちゃったんですか……」
「そういうわけじゃない……。“卓”、オレ、乳飲み子抱えて東京を駆けずり回る自信はないから…」
「はぁ……?」
「“阪神”、見たろ。あんな状況で、東京みたいなとこで、乳飲み子抱えて守れる自信は、オレにはないッ!」
「はぁ…?」
「だから、カミサンと子供を福島にやった」
「はぁ……」
「福島なら、まだ東京よりマシだ。倒れてくるような建物は少ないし…。何より食い物と水は、よっぽどなんとかなる!」
「はぁ…」
「だからオレは、家族を福島へやった!」
「はぁ……」
「……実は、ちょっと前に夢を見たんだ……。地震で、高速道路が、バタバタ横倒しになってる夢! 眼が覚めて思った……。『こんな中を、乳飲み子抱えて逃げ回る自信は、オレにはない』」
「はぁ…!?」
「それで無理矢理、カミサンと子供たちを、福島へ移した……」
「……。」
「…そしたらこの“阪神大震災”さ。あの日、テレビ点けて…………『あ゛〜〜! オレが夢に見たのは、この“画面”だったのか〜〜!!』……………。“卓”だから話すけど、誰にも云ってくれるなよ!」

……数年後。オッサンは家族の暮らす福島へ帰ってきた。そしてしばらくして、ワタクシは呼び寄せられたのだ。


見当外れなオッサンの予知のおかげで、ワタクシ、ここ福島で、苦労は色々あるけれど、おかげさまでまぁまぁ、そこそこ幸せにしているわけです。

お彼岸だから、その辺うろついているでしょう。
タンドーさん、何度も云うけど……、ありがとうね!

ま、一杯、やっか!

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