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2010年6月26日 (土)

仙台落こん予選・結果報告

本日6月26日「仙台あまちゅあ落語こんてすと・予選第2回・6月の陣」、ワタクシ、一位で決勝進出させていただくことになりました! みなさまの応援のおかげ……ありがとうございます。

と、大きなことを云いましたが、じつは同率で一位が3名。先日の麓寄席に観覧にいらしていただいた米沢・落語長屋の立花亭小道さん、山形落語愛好協会の笑風亭間助さん、それに福島のワタクシという“つばさライン”で揃って決勝進出、というわけで……。

決勝戦は、8月29日(日)、せんだいメディアテーク7階スタジオシアターにて、午前11時開場、11時30分開演です。
ワタクシへの応援は、もちろん、勿論有り難いですが、他の演者さんたちが素晴らしい! ワタクシはさておいて、みちのくの芸達者の皆さんの高座を楽しみに、ぜひ仙台へ足をお運びくださいませ。

このような素晴らしい機会を与えてくれた、事務局ココナッツさんに、また、今日の楽しい時間を一緒に過ごせた、お仲間、スタッフの皆さん、御来場のお客さま方に感謝です。

“こまち”“はやて”“はやぶさ”に伍することができるよう「つばさライン」の一員として、レースを引っ張れるよう(笑)、精進します。よろしくお願いします。

それにしても……。

こんな、楽しいことができるなんて、ワタクシを福島へ拉致って来てくれた、タンドーのオッサンのおかげ。改めて感謝。

そして、イベントが、イベントを立ち上げることが大好きだったオッサン。この「仙台落こん」立ち上げに、ワタクシを絡ませ、自分が立役者のような気分になって、きっとその辺りでほくそ笑んでいることでしょう。
オッサン、ありがと! 献杯!

あと……。今年のお盆は、帰京を控えようかと迷っていたけど……、こうなると、目黒の蛸薬師さんに、お礼参りと大願成就祈願に伺わなくちゃいけません。
だからお盆は、帰京することに決めました。

トーキョーの寄席にも、行きたいし、ね(笑)。

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今日も今日とて、南へ北へ…

今日はプロの芸人さんを観覧に、郡山へドライブ。
明日は自分の芸を披露する会に、仙台へプチ汽車旅行。

てなわけで、今日も今日とて南へ北へ、駆けずり回っております(笑)。

今の仲間たちと眺める、東北本線の県境あたりの景色が、なにより楽しみ。

かつて、今は亡き親友Mと、ともに眺めた景色。

同じ景色を、新たな友柄と、また共有できる。

これは、きっと、いや、絶対、シアワセなことだよね。

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2010年6月22日 (火)

仙台あまちゅあ落語こんてすと

今度の土曜日、26日、予選第2ラウンド開催。

ここへ出場させていただけることになりました。なんと「トリ」で……。

持ち時間10分で、自作「目黒の蛸薬師」、かけてきます。

一応「落語」の体裁に収まる(収めた)噺だけど、正直「お笑い」とは程遠い代物。
もともと「制限時間10分」をメドにした噺だけど、冗長なところを削りに削って(そして、削りすぎて何の話か解らなくならないように……)、それでも口調の具合で10分に収まったり、収まらなかったり……、スレスレの線。
そんなこんなでこのところ、ワタクシ毎朝の出勤途上「時間との闘い」を独り繰り広げております(笑)。

わが「ふくしま素人落語の会」先輩、松太郎兄さんの高座でのセリフに“歌は3分間のドラマ”というのがありますが、ワタクシ、おこがましくも「蛸薬師」を“10分間の独り大河ドラマ”のつもりで、稽古しております(笑)。

今回は、今まで経験のない「コンテスト」。まずは“参加することに意義あり”だけど、笑いのない「噺」に、初会のお客さまから一票でもいただけたらうれしいなぁ。

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2010年6月15日 (火)

第2回DON呑亭落語会

昨日13日。音楽堂芸術公開講座「落語」、中合寄席という、ライバル企画(?)と同日開催。
音楽堂の前売りチケットを買ったら、そこへ、すゞめ姐さんからこの会の出演オファー……。結果、トリでDonさんへ出演することに。

駆け付けて、着替えたら、もう間髪入れずに自らの出番! 着付けは乱れまくり、口はシドロモドロ、しかも汗まみれの噺の展開……まさにワタクシの不徳のいたすところ……。ご不快の段、この場にてお詫び申し上げます……。

高座に上がって驚いたのは、ついさっきまで音楽堂で、ワタクシの目の前の席にいらした、わが会をごひいきくださっているお客さまが、いらっしゃるじゃありませんか! ……拝顔して気付いた。「メガネ外すの忘っちゃ!」


見回せば今回のお客さまは、私も一度はお顔を拝見したことのある方々、常連さんばかり……。こういう高座は、正直キビシイ。もともと「ワッ」と笑いのとれる技量に欠けるワタクシ。とにかくクソ度胸で、稽古したクスグリは省略しないで、全部、出した。稽古の時に密かに期待していた「バカウケ」は当然なかったけど……。
でも、お客さまがたに「静かな笑い」が起きている様子は、そこはかとなく解る。ここの所のワタクシは「これさえゲットできたら、とりあえず及第!」にしているので、今回の自己採点は「可」かな。

高座が引けて、打ち上げ・懇親会。せっかくの機会だから、御来場のお客さまと話がしたい。

ご機嫌の表情で、ビールを傾けていらしたお客さま。ワタクシが高座に上がった初っ端「此奴、何者ぞ!?」と云わんばかりのキビシイ表情をなさっていたのだが、噺が進むうちにだんだんやわらかになってくれたのが、高座から見て取れた。

聞けば、新幹線で浅草演芸ホールへ度々遊びにおいでになられる、という、通なかた。「アマチュアの噺」には、今回初めて触れられたとおっしゃる。
息子さんがプロのミュージシャンという。
Donのマスターがそのお客さまの名を呼ぶのを聞いてしばらくして、ワタクシの酔っ払いはじめた脳ミソの回路がようやくつながる。
「ひょっとしたら……、Nさんって、あの?」

こうなると、ワタクシ、悪い癖が出る。その席から離れがたくなり、看板まで居座ってしまう、という……。


ま、今回は多くは語らず。とは云え結局「看板」まで、居座っちゃったんだけどね。

ナナミヤさん……、ご馳走様でした! 色々キビシイ状況だけど、また、ここ福島で暮らし続けたいという思いを、新たにできました。また、近いうちに、一緒にお時間を過ごす機会が持てますように。

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2010年6月10日 (木)

ライヴのチカラ

本で落語を知り、ラジオでマジはまったワタクシ。
何度も書いたけど、カセットテープ段ボール一杯のコレクションがある。

でも、これだけだったら、今でも「聞き手」でいただろう。

これも前に書いたけど、ちょうどワタクシが落語にハマりまくっていたのと期を一にして「清瀬市民寄席」が始まった。

中学生は500円札一枚で入れた(先日、高校の同級生の結婚パーティーに行ったとき、思い出話で盛り上がったが、中に「仲間のみんなが、自販機でうまそうなものを買って喰ってたのに、オレと“卓”はそれができなかった。なぜなら財布の中に500円札しかなかったから!」というのがあった。ワタクシ、そんなことはすっかり忘却していたのだが…、500円が硬貨になったのは、確かに自分が高校生になった年……)。その寄席が、とてつもない「豪華版」。
芸術協会幹部の師匠連、総出状態!
当時の米丸会長始め、助六、圓右、文治、柳昇、小南、夢楽、柳好(四代目)、笑三、右女助、柳橋(七代目)、歌丸、遊三、文朝……。漫才の千代若千代菊、俗曲のさくら、という、師匠がた。

それを、まだ定まらないノーミソで見ちゃったものだから……。鳥の雛の如く、すっかり刷り込まれちゃったのだ。

ライヴは、すごい。

もっと驚くのは、こんな自分の「ライヴ」に、はまってくれちゃったりする人が、少なからずいること。

……う〜む、高座に上がるということは、多少でも他人の生き方に、影響を与えちゃったりしてしまうこともあるのか……。


「勉強し直して参ります……」(笑)。

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2010年6月 8日 (火)

ま・く・ら

噺家が「本題」の噺に入る前、その席のお客さまの様子をうかがったり、お客さまをそれとなく本題へと誘い込む小咄や雑談(フリートーク)。これが、マクラ。

われらが「ふくしま素人落語の会」のメンバーで話し合うと「本題は当たり前として、マクラ、難しいねぇ〜」というのが、共通の悩みとして出てくる。

でも、これって「噺」だけとは限らない。
お客さま(話相手)に、こちらの用意した噺(話)をしっかり聞いていただくために、どんな話題をどう振るか。営業マンのトーク然り、お坊さんの法話然り、政治家の演説然り、ガッコの先生や塾講師の授業然り、異性を口説くとき然り……。

どうもワタクシ「弁が立つ」と見られてしまうことが少なくない。確かに声の調子は、一本高いし、無駄にでかいし、それらしいことをそれらしくしゃべったり(よく聞くと意味不明だったりするけど…)するから、そう見られちゃうのも無理もない。
しかし、呑んだ挙げ句の酔談は措くとして、「人前で話す」とか「口説く」のは、実は、台本をしっかりアタマにたたき込んで、何度も何度も反芻しないと、どうもうまく行かない。なにしろアドリブが利かないタチだ。

6年前、塾講師として初めて迎えた「夏期講習」。ワタクシは「テキストがあるんだし、中身は大体わかってるから」と、高をくくって臨んだ……が、これが大誤算(当時の生徒さん、ゴメンなさい!)。塾の夏期講習とは「浅いけど、すごく、すご〜く、広い、広〜〜い」ものを、限られた時間内に駆け足で無理矢理こなそう、という、とてつもない代物。生徒さんはもちろん大変だけど、導く講師だって半端じゃ務まらないのだ。
夏期講習が終わった後の「レギュラー授業」だってそう。特に受験生は、ケツが決まっているうえに、正直全ておさらい直し。半端なく優秀な高校受験生(新教研模試の順位一桁常連!)に、カナの書き方を指導したこともあった…。

まぁ、とにかく、予習が肝心、と気が付いたのは、塾講3年目(苦笑)。
先ず一回の講義でこなす本題の範囲を定める。それを「テキストに書いてあるから」と甘く見ないで、ノートを作る。
すると、その時アタマのどこかに引っ掛かっている時事問題や、話す相手の生徒さんの顔や好みが浮かんでくる。思いついたそういう種々を、ノートの余白にメモっておき、それをマクラの芯にする…。これを実行するようになってようやく、少しマトモな「塾講師」らしい仕事ができるようになってきた。

しかし……、まぁ時間がかかるのである、これ。おまけに兼業でDTP。お互いにアタマと眼を酷使する仕事…。一年近くは保ったものの、この「二足草鞋」が、日を追うにつれ辛くなった……。

収入状況その他諸々検討の結果、止むなく、タンドーさんの慧學舘を引退させてもらうほか、なかった。

で、何が云いたいのかというと……、何か物事を為そうと思ったら、とにかく「予習」+「復習」=「稽古」を、ミッチリやるしかないってコト。

福島に移ってきて、タンドーさんの同級生、ミゾさんと仲良くさせてもらうようになった。ミゾさんのおかげで、ワタクシはそれまで接点のなかった「ジャズ」に触れることができた。一時期、ミゾさん主宰の「松木町ジャズ研究会」会員番号2番を僭称させていただいていたものだ。
ミゾさん曰く「ジャズの魅力のひとつは“アドリブ”。でも、それができるためには、とにかくたくさんのコードとフレーズを身につけておくべし」と。

…マクラ、フリートークも同じだ。

ワタクシまだまだ素人噺家2年生。今のところは、本題と同時にマクラも決めて、込みで稽古を積んでいる。

ただ、このところのマクラはただひとつ。ワタクシの福島iターン6周年記念とともに、稽古の大切さを教えてくれたタンドーのオッサンへの感謝を込めて、オッサンにそのマクラの瞬間だけ、ちょいとこの世に戻ってきてもらう、という、例のアレ……。このマクラで三題演る(ひとつは麓寄席で、もう済んだけど)つもり。

タンドーのオッサンお気に入りのフレーズに「偉大なるマンネリ」というのがある。水戸黄門の印籠の如く、柳昇師匠の口開けの如く、紋切り型だがそれゆえに、お客さまが喜ぶ…。
そんなふうに、なれたらいいな。

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2010年6月 4日 (金)

「そうせい」

幕末の、長州・毛利の殿様は、家臣から報告・相談を受けると、決まって「ウム、そうせい!」と、すべてを任せてしまったそうな。

で、結果、どうなったか。
長州藩は、一時期、どん底に落ち込むのだが、それをバネにしたかの如く、次の時代の「支配者」に、見事返り咲いた。

わが現代。……乱世である。

そんな中、ワタクシの地元近くの選挙区選出、“カンちゃん”がとうとう“総理”になっちゃった。

聞けば、政治家二世でない首相はずいぶん久しぶり(トミー以来)だそうな。


世襲がいけないとも思わないし、今思い切り「仕分け」対象になっている“天下り”も、100%悪だとは思わない。ただ、こうやってたまに「門外漢」が活躍してくれないと、世の中は停滞して腐ってゆくだろう。

「若旦那」とは違う、政府の運営を期待したい。


でも、かつて、カン総理の政党から推薦をもらって、わが地元の市会議員になった高校の先輩が云っていた。「ああ見えて、カンちゃんやっぱり“政治家”だよ……!」、と。
しかも「長州」(宇部市)出身らしい(笑)。これは今日初めて知ったのだが。

こちらは一介の「無党派市民」。この夏の選挙は、是々非々で。

ただ、何も決まらない「捻れ国会」だけは、もう勘弁してほしい! 「二大政党がいい」なんていう繰り言は、多少政治に空白ができても困らない、ボンボンのセリフなんだろう。イギリスの人たちもやっと、これに気が付いたらしいしね。全会一致で賛成、なんて案件は、そうそうあるものじゃない。○か×か、お互いに凝り固まっている面々でタイマン張ったって、何も決まるわけがない。
「妥協の産物」とか「玉虫色の解決策」と云うと、どこか情けない雰囲気があるけれど、玉虫の翅の輝きの下に全てを隠してしまうのではなく、ぱっと見、気色の悪い玉虫の腹まで、曝け出すことができるか。

カン総理、かつて自らが大臣を務めた省庁の不祥事を糾明したことでも知られているけれど。


せめて辞める時には、ヒヨドリの話なんかで、ごまかさないでほしいなぁ。

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2010年6月 3日 (木)

「くたびっちゃ〜!」

疲れ切って気力が萎えたようなときではなく、何かに懸命に取り組んで、一仕事終わったときに、思わず出る一言。

福島へ移ってきて初めて、これが「福島弁」だというのを知ったのだが、ワタクシ実は、移住前から「くたびっちゃ〜」を使ってた。

タンドーのオッサンの口癖だったから、知らず知らずのうちに感染(うつ)ってたのである。

オッサン、ほとんど「お国言葉」を感じさせない人だった。何でも、中学1年の時に会津から福島へ移って、ずいぶん「会津訛り」を揶揄されたらしい。それでむしろ「福島弁(詳しく云えば、中通り北部弁)」には、同化できなかったのじゃないか、と、邪推するのだが……。

国訛りはほとんど出さない人だったけど、どこかミョーな「口癖」は連発していた。強調に使う「オニのような〇〇」「オニのように〇〇する」とか、「ローソクが消える前の一瞬の輝き」とか、出会い頭の挨拶「どもども〜!」などなど……。結構インパクトある「口癖」だったから、ネオ・ライフ時代の仲間内では、いまでもついつい「タンドー弁」が、自然と出る。

それで「くたびっちゃ〜」も「タンドー弁」だと思ってた。だからこれが生粋の福島弁と知ったときは、ずいぶん驚いたものだ。

オッサン、実はかなり虚勢を張る人で、内面「気のおけない面々」と、そうでない人とをクッキリ分けていたところがある。
ネオ・ライフのお店でウダウダしていたら「“卓”、これからオレ、店先でお客と価格交渉するから、悪いけど奥に引っ込んで、おとなしくしててくれ!」と、かなり強い調子で云われたことがある。そのお相手は、ワタクシもよく知っている人で、おまけにワタクシ観るところ、ワタクシなんかより余程親密度が高んじゃないかと感じていた人だったから、驚いた。

ワタクシの前で「くたびっちゃ〜!」を連発したのは「オマエは気のおけないヤツなんだよ」と云う、オッサンの暗号だったのかもしれない……。

しかし「くたびっちゃ〜!」を発するときの、オッサンの表情は、どこか晴れ晴れしていたのだな。

その日その日、やれるだけのことをやり尽くして「あ〜、くたびっちゃ〜っ!」と一発、伸びをかまして、「ヨ〜シ、明日のために、呑むぞ、食うぞ〜!」と、サッと気分を切り替えて、まどろみまでのしばしを、そして、来る明日を楽しく。

毎日、こんな風に過ごしたいな。

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2010年6月 1日 (火)

大山参り

は、結構好きで、演りたい噺のひとつ。
かつて、その「大山」の麓に、3年近く住んでたことがある。しかし、大山アフリ神社には、とうとうお参りせず仕舞い。…今思えば、惜しいことをしたものだが、当時のワタクシは“クルマもしくはドン・ゴロゴロのフリーク”になりきってたから、噺の舞台(つっても「大山参り」に大山での様子はひとつも出て来ないけど……)であることをわかっていたのに、そしてケーブルカーがあるという、わが“鉄分”を大いに刺激する要素があったにもかかわらず、とうとう足を向けることなく……。
程なくワタクシ、職場の人間関係がモトで「壊れて」しまったこともあって、埼玉へ移った……。

しかし、あのまま、相模の国に居ついていたら……、タンドーのオッサンと「オヤブン・コブン」もしくは「兄弟分」というようなカンケーにはなれなかっただろうし、むろんオッサンに拉致られて福島に住む、なんてことにもならなかったわけだ。

ごく偶々の、巡り合わせなんだけれど、不思議で、おもしろいなぁ。

毎朝の出勤。吾妻連峰へ向けて、足を運ぶ。
微温湯街道、キヤノン通りの信号を越え、パッと視界が拡がる辺り……。そこから臨む吾妻山の様子は、見た目の高さといい、辺りの穏やかさといい、若かりし頃暮らした、丹沢の麓の景色に、よく似ている。福島には、たくさん景勝地があるけれど、毎朝の職場に辿り着く直前の、吾妻山が目の前に立ちはだかる様子……。ワタクシは、福島の景色でこれが一番大好き!
これを毎日眺めながら(噺の稽古もしながら…)通勤できるのだもの……。贅沢だなぁ。


ぜひ「大山参り」、演ってみたいと、念じております……そろそろ、ワタクシ自身が「ケがなくて、おめでた」くなってきたし(苦笑)……。

福島移住(住民登録)6周年記念日、記す。

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