我が国では、たった一人で……
「昭和57年5月初版」という奥付の「落語家面白名鑑」なる本が、うちにある。
日付からするに、ワタクシがかつて最も落語にハマっていた高校1年の時に、手に入れたものだ。
これを手に、当時のワタクシ、何を思っていたかといえば……「どの師匠に弟子入りするか」であった。
それが証拠に「志願先候補」の師匠の名前の後ろに、エンピツで小さな丸印がつけてある。
ひょんなことから今日、それを思い出し、改めてひもといて見て、少し驚いた。「志願先候補」が、思っていたより、ごく絞られていたから。10人位はつけていたように思ったのに、わずか4人の師匠だけ。
落語協会で2人。
まずは、先代の柳亭燕路師匠。
ワタクシが大きな影響を受けた「子ども寄席」の著者にして、その中の「子ほめ」が、学校の国語教科書に乗った史上初の落語。その影響でわが中学に落語クラブができ、ワタクシが落語を実演するきっかけを作ってくれた。
そして、この本では燕路師匠に向かい合っている橘家文蔵師匠。紹介文を読むと、学校寄席に力を入れていたそうだ。その辺で親しみを抱いたのだろう。
偶然だろうけど、燕路師匠はワタクシの母と、文蔵師匠は父と同学年。そのあたりにも入門しやすそうな気がしたのかもしれない。
ただ、実をいうと、恥ずかしながら、ワタクシ、この両師匠の噺を聞いたことがない。恐らく、お二人それぞれのお考えがあって、当時テレビ・ラジオに出ることを避け、ライヴ活動に専念していらしたのではないかな、と思う。
芸術協会で、2人。
三遊亭右女助師匠。といえば「出札口」。当時の国鉄の稚内から鹿児島まで、全ての駅名を一気呵成に並べ立てる噺。今も昔も「鉄分」の濃ゆいワタクシ、この噺に憧れた。うちのテープコレクションにはなかったけれど、幸い「清瀬市民寄席」で一度「生・出札口」を観る機会があった。
そして、春風亭柳昇師匠。結婚式風景をはじめとする爆笑新作、飄々とした「雑俳」、そして「与太郎戦記」……。ラジオで、著書で、そしてやっぱり清瀬市民寄席では「生・里帰り」を観た。多摩地区出身・在住というところにも、どこか親しみを覚えたものだ。
で、結局、どなたを第一にしていたかといえば……、柳昇師匠であった。
恐らく「与太郎戦記」の奥付に書いてあったであろう師匠の本名と住所のメモが、ページに貼りつけてある(以前は結構、著者の個人情報が大っぴらに奥付に印刷されてたもので)。そんなことをしながら、どうやって師匠にコンタクトをとろうかと思っていたわけだ。
しかし、そうこうするうちに、自らの落語への関心が急激に薄れ……目論みは目論みだけで終わった。
7年前。ナカイくんのネオ・ライフへ行き、ついでに「久々に村山ホープ軒でラーメン喰うべ!」と思って、注文して待っていたら……。テレビで流れたのが、柳昇師匠の訃報。
家に戻って夕刊と、たぶん、落語芸術協会のホームページを見たのだと思う。それで、お通夜に参列してきた。
西武池袋線のひばりケ丘から、バス一本で葬儀会場のお寺に着ける。車窓から外を眺めていたら……。
20年前にメモした、柳昇師匠のご自宅の前を通った。
この道、初めて通るわけじゃない。しかも、大学時代、清瀬の自宅と世田谷の農大の往復で、自転車で度々通過したところ。でもその時「ここが柳昇師匠の家だ」なんて、ちっとも気が付かなかった。改めて通りかかれば、寄席や落語会の案内を貼った掲示板もあったりなんかして、自転車のスピードで走っていれば目をひきそうなものだけど……。
要するに、当時のワタクシ、落語への感度がほぼゼロになってたのだ。
柳昇師匠が亡くなる半年前の正月半ば、福島へ帰ったオヤブンが、我が家へ泊りに来るからヨロシク、という。せっかくだから新宿末広亭へ遊びに行こうと話がまとまり、本当は寄席の客席「禁酒」なのだけど、こっそりパック酒と湯呑みを持ち込んで、昼夜通しで楽しんできた。芸術協会の席で、プログラムには柳昇師匠の名前も出ていたから楽しみにしていたのだけど……体調不良につき休演……。無念!
でも、代演の桃太郎師匠がすごかった! 落語はその時いくらおもしろく聴いても、あとですっかり忘れちゃうというところがあるけれど、その時の演題は今でも覚えている。「代書屋」だった。
もう亡くなった、漫談のローカル岡師匠、そして「待ってました!」と声をかけたら「待たれるほどのものじゃありませんよ」と返してくれた、文治師匠……。
これがワタクシの「定席寄席」、実は初体験。
柳昇師匠が亡くなって1年後、福島へiターン、そして今のようになるとは……。全く当時の、もちろん高校生当時からも想定外。でもこうなって振り返ってみると、こうなるべくしてなったのかな。
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コメント
わかります…
人生って不思議です…なるべくして現在があるんでしょうね。偶然ではなく必然なんだ…って思います。
投稿: ミル | 2011年7月 8日 (金) 06時54分
ミル様、古い記事をお読みいただき恐縮です。
すてきな「必然」が、たくさんたくさん、ありますように!
投稿: 卓 | 2011年7月 8日 (金) 12時33分