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2010年9月 6日 (月)

時の流れに身を任せ〜♪

以下、8月19日に書くだけ書いて、酔っ払って寝てしまい、送信しそびれた記事。読み返してみたら、没にするには惜しく思ったので、そのまま送ってみます。ちなみに、タイトルと本文は……、関連薄いなぁ(苦笑)。

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このお盆の帰京で、久しぶりに、青梅街道の柳沢峠へ行ってきた。

知らないトンネルが、ずいぶんできてる。
工事が進んでいるトンネルもかなりあって……。戦国末期の悲劇の舞台「おいらん淵」も、まもなく本道から外れてしまうようだ。
峠に近い上り坂も、道幅が広がって、やけに明るくなってしまった。

もっと驚いたのは山梨側。かつての、山肌に添ったヘアピン連続狭隘路は、峠近くのほんのわずかな区間になってしまい、油断をするとそのまま谷底へダイビングしちゃうような、緩やかなカーブを描く高い架橋がいくつも連なる立派な道路に変貌していた。

新しい、立派で便利な道ができるのは、いいことだ。でも、それに一抹の寂しさを感じてしまうのは、やっぱりちょっとジジイになっちゃった証拠なんでしょうね。


JR中央線に乗ったら、この秋、201系ラストラン、だそうな。
そういえば、ワタクシが若き頃「新車」で出てきたのを見た鉄道車両も、いまだ花形で活躍しているのは、もうわずか。201は長命な部類で、後継の205は山手線を、209は京浜東北線を既に退いている。

ところで最近、東京へ行ってつくづく思うことがある。
電車に乗ると、見たくもない動画を見せられる。アレ、なんとかならないか。邪魔だ。
民放テレビで育った人たちは平気かもしれないけど、どういう因果かNHK大好きな両親のもとに育ったワタクシ、あれはうるさくて仕方がない。
少し前まで、そんなことはなかった。そりゃ、吊り広告はにぎやかだ。でも、あれはサッと一瞥して、嫌なら外でも、それとなく他人の表情でも見ていれば済む。吊り広告は、動かないから。
でも、奴らは動くうえに、内容がコロコロ変わりやがる。人間は、人間である前に「動物」だ。人間の目は「動くものに反応する」ように、何万年、何億年かけてできてきた。それを突かれて、ついつい見ちゃう。ああ、嫌だ!

優先席があったり、女性専用車両があったりするけれど……「動画レス車(席)」を作ってほしい。
「動画垂れ流し」で、鉄道会社は利益を得るところもあるだろう。その分は負担してもかまわないと思う。

海外には、鉄道の改札口がフリーな国がある。ドイツがそうで、改札のラッチすらない。切符を持ってなくても、乗れてしまう。うまく(?)すると、そのまま降りられちゃう。下手をすると、正直者が馬鹿を見る。でもそんなセコいことを考えるのは、余程貧しい移民か日本人位で(ドイツに住んでいるアジアアフリカ移民のほとんどは誇り高く堂々としたものだ)、よしんばそんなセコ客なんぞに関わってムダにムカつく時間を取るなら、いっそ放っておこうという、ある面合理的な考えなのだ(もちろん、発覚すれば日本の数倍のペナルティ)。


そうだ。駅でチャンネル分けすればいい。
ひとつはスルーの乗車口。切符はいらない。改札機も駅員さんもいない。只で乗ろうと思えば乗れる。ただし、乗せられると、周りがビッチリ、オーロラビジョン。見たくなくても、有無を云わさず流し込まれる。

それが嫌なら、切符を買って改札口に並ぶ。自分の目の前で「あ、ここで満車でになりました。お後は次の電車になります」と、ゆわれるかもしれない。急ぐなら「タダ口」へ行ったらいいのだ……流し込まれる動画を我慢できる覚悟があるなら。

こんな世の中に、どうか、なりませんように!

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