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2011年5月26日 (木)

郡山チャリティ寄席・ご報告

 もう昨日になった5月25日(水)、郡山ビッグアイ7F・市民交流プラザ和室にて「東日本大震災・復興チャリティ寄席」を開催してまいりました。
 おかげさまで会場一杯、お客様にお運びをいただきました。誠にありがとう存じます。
 集まりました浄財は20,058円。4月30日の福島開催分と併せて、後日、日本赤十字社へお届けします。


 根多帳

  ・楽しく亭ツイ輝 落語「やかんなめ」
  ・しお家小笑 漫談
  ・みそ家笑遊 落語「廿四孝」
  ・裁落亭とんぼ 落語「カラオケ病院」
   《仲 入》
  ・遊亭松太郎 漫談
  ・光家平三 落語「宮戸川」
  ・三優亭発橋 即興寄席文字
  ・中家すゞめ 落語「厩火事」

  ☆お囃子 いずみ家小染 社中

 大入叶!


 とても温かなお客様がたで、大いにわらっていただきました。重ねて感謝、感謝!
 出演の皆様も、たいへんノリのよい高座でした。お疲れさまです。

 さてさて・・・。今日のワタクシの反省。
 ずっと下座で控えていたので、客席の様子が見えない(もっとも、たくさん入っていただき、よく笑っていただけていたのは、よくわかっていたけど)。下座(中庭)から客席の真ん中、いわば花道を通って高座に上ったら・・・客席の真ん中に、あれっ! いさん師匠のニコニコ顔が! わっ! このところ高座に上ってもあまりなかった緊張感を覚えました・・・。メガネ外して上がればよかった、かな?
 時間がちょっと押し気味だな〜、と思って、短縮バージョンに持っていこうとしたのだけど、歌のところに入ったら、エキサイトして一曲余分に歌っちゃった。おまけに、自分の噺に自分でウケてしまって(お客様の雰囲気があまりに良かったからでしょう)、吹き出しそうになってしまったこと再三・・・。
 わが持ちネタで、口演回数記録を更新しつつある噺。しっかり冷静に、演れないといけませんなぁ・・・。
 それでも、たくさんのお客様に「よかったよ!」とお声をかけていただきました。ありがとう存じます。もっと、もっと、精進いたしますです。

 ちなみに短縮バージョンは、マクラ込み10分以内に練り込み中。それ何の為かって? う〜ん・・・、もうしばらくは、秘密です(笑)。



追伸。ワタクシは行けませんでしたが、6月3日、赤十字さんへ義捐金をお届けしました。その模様は→http://blog.livedoor.jp/masahid2004/archives/51851155.html(ツイ輝兄さんのブログ)にて。

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2011年5月20日 (金)

鯖のムニエル

鯖のムニエル
ここの所の夕食。肉料理が続いた。魚が食べたい!
ただ、サッパリ残業がないから、勤め帰りの買い出しで、値引きシールになど、まず出くわさない。特にお刺身なんて到底期待薄。だからって定価で買う余裕も気持ちもないし。

そんな中、今日は生鯖の切り身の半額が!

刺身じゃなくてもいいやと思ってカゴに入れたが……今夜、我が家には、そろそろ喰い切らないとまずいニラがある。お肉コーナーへ回ると……殊の外、豚レバが安い。これはやっぱりレバニラでしょ、と。
♪鯖の切り身を、レバのかわりに元へと返す……。
あ・さて、あ・さて……♪


ひと通り店を歩き回り、週明け迄の食料をゲット、レジに並んだ。ところが……次の番まで進んだところで「……ん〜、やっぱり魚にしょ!」と突如気が変わり、オモカジいっぱ〜い! 
魚売場へ舞い戻る。さっき一旦ワタクシがカゴに入れた、ふっくら太った鯖は……もう既にそこにいなかった(T_T)けど、まだ半額の鯖は残ってた。それを改めてカゴに収める。
♪鯖が再び、お目にとまれば、レバはきちんと元へと返す。
あ・さて、あ・さて……♪


実は鯖一尾分となると、ひとりの夕食には多すぎる。半身はムニエルに、あとの半身は明日の夕食用に味噌煮に仕立てた。そんなこんなで、今夜は一時間をはるかに超えて、台所に立ってた。

この「鯖ムニエル」、ワタクシのレパートリーの中で、数少ない母譲りのもの。
最初の料理の手ほどきこそ母にしてもらったけれど、毎日料理をするようになったのは、生家を出てからだ。だから、ワタクシと母の料理作法は相当に異なる。生家で共に台所に立ったりすると、お互いイラつくので、最近はどちらかに任せきるのが、暗黙のコンセンサスだ。

今回の「鯖ムニエル」は、どこでどうして覚えてきたのか、母の定番メニューのひとつである。

【作り方】
1・鯖の切り身に塩・胡椒を振る。
2・1に小麦粉をテキトーにまぶす。
3・2を、熱して油を敷いたフライパンでこんがりと焼き上げる。
以上!

なぜ、こんな料理をしげしげと作ったか、母に聞いたら……
「だって、鯖って、安くていいんだけど、ほかの料理法だと面倒臭いんだもん!」と宣う。
さすがは、財政豊かでない中、ヤロ餓鬼三匹育てた母である。下手に作り込む必要はなし、失敗も少ない(確かに単なる“塩焼き”よりも、生焼けや黒焦げのリスクは相当小さい!)。しかも、ゴハンに合う。

それで「ムニエル」なんて云ってるけれど、傍らには醤油を掛けた大根卸しが必需品なのだ。

これ、魚なら何でもいける(ひょっとすると厚手の肉類にも)、簡単お薦めレシピ。お試しあれ。

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2011年5月19日 (木)

そなえよ つねに

そなえよ つねに
一昨日の夕方、夕食の支度をしていた時。うちの同じ階のカツヤさんのご来訪をたまわった。

カツヤさんとは、ひょんなことから知り合った。一昨年6月の「元気寄席」がハネた晩だったと思う。「たらちね」の云いたての最中に、アタマの中が空白になってしまった、忘れもしない、タンドーオヤブン四十九日のこと。

近所で火事があったらしく、消防車がサイレンと鐘を鳴らして辺りを走り回っていた。バスだったかタクシーだったか記憶が曖昧だが、そうでなければまず使わない東寄り階段を登りきった4階外廊下、カツヤさん、タバコをくゆらせながら、火事の様子を眺めていたのである。


「こんばんは。火事ですねぇ」
「そうですねぇ……。ところで、こんな遅くまで、お仕事?」
「いえ、実は、ワタクシ落語をやってまして、その帰りなんです」
「へ〜! 落語なさるの。僕も大好きですよ」

……それから一時間近くも、話し込んでしまったっけ……。

それ以来カツヤさんは、ワタクシたちの寄席にしげしげとお運びくださるようになり、昨年4月の“演者3名各2席・都合6席”に“客席たった2人”という、とてつもない会にもお付き合いいただいたという……有り難い常連さんになってくださった。

この震災発生当初には、一緒に町内防災ボランティアを務め、集会所で同じ釜の飯を喰い、枕を並べて横になった仲にもなった。

そのカツヤさん、昨年「福島県文学賞」に応募、見事「エッセイ・ノンフィクション部門」で、奨励賞に輝いた。それで、一昨日は、作品の掲載された本を、ワタクシにくださったのである。

カツヤさんの作品の題名は「KBS45」。……AKB48ではない。カツヤさんが第一期生にあたる福島県ボーイスカウト第45、川俣支部の、スカウト当時の思い出を綴った作品である。

ワタクシはボーイスカウトに所属したことはない。しかし「ボーイスカウト的文化」とでも云おうか、その影響を大いに受けてきた。小中の頃に参加していた「ナチュラリスト」、高校の「生物部・地学部」、大学でサイクリング同好会、その延長にある大学連盟、そして、ネオライフ自治会やK&Kクラブマンズミーティング……。「ふくしま素人落語の会」も、例外でないかもしれない。

カツヤさん、最初は“KBS45”の中では、募集締切後に無理矢理入れてもらったこともあり、いわば“おミソ”的存在だったようだ。しかし、そんなカツヤさんに“隊付き”という身分を与え、いっぱしのスカウトに、そして作品冒頭で紹介される“極楽メンバー”に育てた“隊長”の導きの、すばらしいこと。

ボーイスカウトの標語「そなえよ つねに」。

その言葉が今、たいへん重い。
ヘラヘラ笑っていても、ワイワイ楽しんでいても、イザという事態への備えと度胸を忘れてはならない。

カツヤさん、今は町内会防災会の、恐れ多くも会長さんである。町内のみんなの安心・安全に、何をなせばいいのか、日々心を砕いてくださっている。
カツヤさんが幼少の頃に身につけたこと、隊長から受けた指導や、仲間との交流経験の成果を、今、ワタクシたちはありがたく享受しているのだ。

「そなえよ つねに」

この一言を、何かといえば「想定外」と宣って責任逃れをし勝ちな、おエライさん方に、ぶっつけてやりたい。

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アタック、チャ〜ンス!

児玉清さんが、亡くなった。

児玉清さんと云えば「アタック25司会者」が一般のイメージらしく、ネットで見た報道各社の訃報記事でも、ほとんどがそんな取り上げ方だった。

ワタクシも実は、そういうイメージの持ち主のひとりなんだけど……。ただ、自宅で「アタック25」を観たことが、ほとんどない。

アタック25というクイズ番組の存在を知ったのは、1994〜95年頃「ネオ・ライフ」のバックスペースに入り浸るようになってからだ。


日曜日の昼下がり。タンドーのオッサン、突如仕事の手を止める。あれ? ついさっき昼飯済ませて戻ってきたばかりなのに……。

「お〜い“卓”、アタック25の時間だよぉ〜! 観るべ!」という声がするやいなや、テレビのスイッチを入れて、どっかり前に座を占めている。

「予選だけでもいいから、どんな物知りな奴らが集まって来るのかを見物するだけでも面白そうだから、とにかく一遍予選に応募して出ようぜ!」と、いつも云われたものだ。

オッサンが福島へ帰ってきて学習塾を開いてからも、日曜日に教室へ出てきた時は、おもむろにテレビのスイッチを入れ、自習に来ていた生徒達に向かって「お〜い! 参考書なんかに首突っ込んでる場合じゃないぞ! そんな暇があったらコレを観ろ。こっちのほうがよっぽどタメになるから!」と大声で云う。
商売がクルマの修理屋から学習塾の塾頭に変わっても、日曜の昼下がりは相変わらず「アタック・チャ〜ンス!」なのだった。

タンドーさん……、一緒に「モン・サン・ミシェル 7泊8日の旅」に行って、ワイン呑みまくりしたかったねぇ(笑)。
ま、今度はそっちで「アタック・チャ〜ンス!」が始まるだろうから、日曜日の昼下がりが楽しみだね。

で、こっちは……。
どういう難関が待ち受けているかわからないけど、この夏秋に、あることに「アタック」してみようかと思ってますぜ。

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2011年5月17日 (火)

唱和

一つのうたをみんなでうたう、一つのことばをみんなで唱える。
これには、その場を一つにまとめる効果がある。

学校の校歌、応援歌。地域民謡。社訓、はたまた春歌(笑)

ワタクシの職場の週明けの全体朝礼で、社訓(経営理念)唱和が始まったのは一昨年からである。唱和のリーダーは、社員が週替わりで務める。

しかし、にわかに決まったもののせいなのか、そういう経験を誰もしたことがないからなのか、上手くリーダーを務められる者がない。第一、きっかけがみんなまずい。これでは「唱和させられる」雰囲気になってしまい、その場の一体感どころか、むしろ逆効果。

実は、虎視眈眈と自分の番を待っていた。そして……。

まぁ、それまでにない「リーダーぶり」だった、のだろう。
明くる昨年の正月の顔合わせで、社長が「今後はこの形で唱和をリードするように」と説明したのは、ほぼワタクシのやった通りだった。

唱和後半、リーダーの「その為には、ひとぉつ!」というセリフを聞く度、ワタクシ密かに「してやったり」と、ほくそ笑んでいる。

現在は毎朝唱和しているかどうだか……20年前の「湘南マツダ社訓」の唱和法が、今、福島の某印刷会社に受け継がれている……ヘナチョコ社員のデタラメ口伝で……。

あ、そうだ、今はなき米穀商社「いちかわアクト」の「スリーアクト」なんてのもあったっけ。中身は忘れちゃったけど……。

もっとたどれば「農大・大根踊り」、小中高の校歌、幼稚園での「アーメン」、母方親類法事の「お題目」、父方親類法事の「お念仏」、両親の所属していた合唱団の演奏会のお開きに必ず客席と唱和した「埴生の宿」……。

ワタクシは左右どちらでもない“無党派”を自任しているけれど、日本人であり、日本が好きならば「君が代」は尊ぶべきと考える。確かに過去には忌まわしいことがあった。しかし、君が代をうたいながら、その忌まわしき過去にも思いを馳せつつ、これから我々はなにができるのか、なにをなすべきなのか考えることが大事なのではないだろうか。

ひとりひとりは“さざれ石”。まとまって“巌”となる。巌になりたてはまだ熱を持っていて、周りに被害を与えたりする。しかし、時が経ち、十分冷却されれば、いつか取りついてくる苔をうるさがらずに養う寛容さを備えるようになる。

こういう解釈、どうだろう。

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2011年5月13日 (金)

スタジオジブリ・レイアウト展

好評につき、震災での閉館期間が延長になった、らしい。

ワタクシ、余り大きな声では云えないが、その余禄を頂戴することになる。

そこで、福島県立美術館・スタジオジブリ・レイアウト展を観に行こうと計画中の皆様へ、お願いです。
なるべくクルマで来ないでくださいm(__)m。県立美術館の駐車場は、ちょびっとしかありません! まだ図書館が休んでいるだけ、ずいぶんマシですが。

電車の駅も、バス停も、近くにあります。それで来たほうが、駐車場待ちより、余程時間がかかりませんよ。下手すると、クルマを停める場所より、駅やバス停のほうが近い場合も少なからず……。

ワタクシが福島に移ってきた最初の年、県立美術館で「スターウォーズ展」を開催してた。
夏休みに、弟夫妻がこちらへ遊びにくるというので、どこを案内しようか……ったって、未だ福島の右も左もわからない頃。とりあえず「スターウォーズ」へ行くことにしたけれど……直にクルマで行こう、なんて無謀なことはやりたくない。
結果、実行したのは……

①岡部の自宅から、クルマで飯坂温泉へ向かい、パルセ飯坂に駐車して、鯖湖湯で朝湯を満喫する。
②飯坂電車で美術館へ。スターウォーズはもちろん、常設展もじっくり鑑賞。
③美術館を出て、信夫山をハイキング。たっぷり汗をかきまくる。
④飯坂電車で飯坂へ戻り、パルセに近い八幡湯で汗を流してサッパリ!
⑤帰り道「いちい」に立ち寄り、飲み物とご馳走を買い出しして、家呑み。

自家用車なんて万能の移動手段じゃない、ってのは、記憶に新しいじゃないですか……。福島市が、この規模の地方都市として「公共交通インフラ」に恵まれていることに、皆さん気が付いてほしいなぁ。

もっと電車とバスを使いましょうよ。

「トトロの故郷」出身のワタクシからの、提案でした。

って……あ、そうか!
「ももりんバス」を、一台「猫バス」仕様にすればよかったか……! う〜ん、相変わらず、後知恵だなぁ……

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四川風冷奴

四川風冷奴
とは、ワタクシの勝手なネーミング。本場の中国四川省にこんな食べ方があるか、我が国の四川料理店にこんなメニューがあるか、残念ながら知らないけど……。でも、もう20年ほど、ワタクシの「夏の一品」として定着している。

【材料】
豆腐(木綿でも絹でも何でもお好みのもの)、豆板醤(ケータイで一発変換できた!)、ゴマ油、花椒、ザーサイ、ネギ、ショウガ、ニンニク、醤油 各々適量

【作り方】
① ネギとザーサイをみじん切りにする。ニンニクとショウガはすりおろす。
② ①に豆板醤、ゴマ油、花椒を加えてかき回す。
③ ②を冷たい豆腐にかけて、召し上がれ。

この材料に挽肉を加え、炒めてスープを注いだもので豆腐を煮込み、とろみをつけるとご存じ「麻婆豆腐」。いわばコレは麻婆豆腐の冷奴バージョン。
ごく簡便にするなら、豆板醤にゴマ油を練り合わせただけでも。

安物の豆腐はもちろん、高級プレミアム豆腐でやっても素敵! ビールに冷酒に、もちろん紹興酒や白酒(中国の蒸留酒の方ね!)のお供に。ワタクシは苦手だけど、好きな方なら皮蛋と一緒に。

涼しくて、辛くて、あぶらっこいんだけどさっぱりしていて……しかも簡単で安上がり!
ワタクシの貴重な「夏のスタミナ源」です。お試しあれ。

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2011年5月11日 (水)

出囃子

ふくしま素人落語の会で、ワタクシは演者の一人であるとともに“いづみ家小染”社中メンバーとして、お囃子の担当をしている。

社中の大黒柱、小染姐さんが不都合のときは、大方ワタクシがCDの支度をして持参する。既成の音源があれば仕事は単純だけれど、中には好みの楽曲を出囃子にしたい、という方も。そういうときは、手持ちの器材を活用して、希望の楽曲を「出囃子」っぽくアレンジすることも。

小染姐さんの「生三味線」が一番なのはいうまでもないけれど……、ワタクシの「ヘナチョコ電子合成出囃子」も、我ながらよくやるよ、と思う。

ワタクシの若かりし頃……。周りに三味線やってる人なんぞなく、今のように便利なマシンもない。出囃子はどうしていたか。
とり蓄めた落語の「エアチェック」のテープから、アナウンサーと演者の声がかぶっていないものを選んで、ダビングして使った。その出囃子セレクション・スペシャルテープがうちにあってもおかしくないのだが……どうやら高校の落研のロッカーに置き去りにしてきてしまったらしく、いくら探しても、見つからない。

落語から遠ざかって約10年経って「DTM(デスク・トップ・ミュージック)」に出会った。毎晩マシンに向かって「あ〜でもない、こ〜でもない」と楽曲データをいじって、夜を明かした。幼い頃に馴染んだピアノ練習曲から始めて、クラシックの管弦楽、自分のオリジナル作曲のアレンジ……、様々手掛けたけれど、パソコンを使う仕事に就いたとたんに、すっかり放り出しちゃった。


福島へ来て、しばらく、パソコンに振り回される仕事から解放された。こっちがパソコンを「道具」として使う余裕が生まれた。そうなったら、やっぱり昔やりたかったことがアタマをもたげてくる。

福島に来て初めて打ち込みした音楽は……「片しゃぎり」(笑)。
かつて自分がやりたかった「寄席芸」と「音楽(DTM)」が、がっちりタッグを組んじゃった。

自分用の「青山ほとり(大根踊り)」「東京音頭」も含めて、組んだ曲は両手を越える。当地の素人芸人長老の出囃子、市販のCDにないプロの噺家さんの出囃子もある。

自慢はさておき、噺家さんの「出囃子」。前座のときは個人で決まった曲はなくて、前座から二つ目になるとき、寄席のお囃子のお姐さんが、芸風を観て、ふさわしい選曲をしてくださるそうだ。
我々はアマチュアだから、そんなことはなく、自らの好みで選ぶ(生三味線だと姐さんの意向にもよる)。
ところが、周りが選ぶ曲と、本人の選曲が合致しないことがしばしばある。
大体がワタクシからしてそうで、自分では「青山ほとり(大根踊り)」にしたかったのだけど「落語が縁で東京から福島へ移住してきたヘンなヤツ」という要素プラス誰にも馴染みのある楽曲ということで、定番は「東京音頭」だ。

この所、福島以外から客演いただく機会が増えたが、なかなかリサーチがままならない。それで、こちらで勝手にふさわしそうかな?と思われるものを支度するのだが、ご当人が普段ご使用の曲に合致することはまず、ない。

難しいなぁ……、それとも選曲するワタクシのセンスがないのかしら?

それは、それとして……。周りから選んでもらった出囃子で、成長・変化することがあるかもしれない。逆に、自ら選んだ出囃子で、さらに自分を押し出して行くことができるような気もする。


すごく贅沢だけど、ワタクシ当面、3曲を使い分けるつもり。
1・会のメインイベント(麓寄席、AOZなど)=東京音頭
2・出前で“CD出囃子”=青山ほとり
3・福島県外単独出張=飯坂小唄

プロのお囃子のお姐さんだったら……ワタクシにどんな曲をつけてくださるのかな? うかがってみたい気がする。

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2011年5月 8日 (日)

明治の鉄道

明治時代「鉄道」は、先端ハイテク技術のカタマリだった。

ワタクシが生まれるおよそ100年前の明治5(1968)年「♪汽笛一声、新橋を〜」と走り始めた陸蒸気。それから40年後の明治末には、日本全国に鉄道網が発達。しかもその初期には全く未知だった“電気”という新たなエネルギーで走る“電車”の路線が生まれ始めている。
それだけではない。機関車の性能や土木・車両製造技術も大幅に進歩した。客車や貨車は飛躍的に大きくなり、スピードも大幅に向上。そして、ローカル私鉄が雨後の筍のごとく発生してくる。

この時代の何がすごいか、といえば、幹線の「スクラップ・アンド・ビルド」だ。土木技術が未熟なゆえにできなかった長大トンネル、長大橋梁が建設できるようになった。それで「輸送の隘路」が解決されるとなると……未だできてから20年未満のところでも、旧い設備は惜し気もなく廃棄されていった。

もちろん、現代とは、世の中のシステムが違うから、単純に応用できないだろうけど……。
でもこの40数年。日本人は何をして来たかしら。

もともと変化が激しい土地柄だから「好奇心」豊かで「既得権がいかに虚しいか」を知っているはずなのにね。

明治の終わり頃、わが福島に「軽便鉄道」が開通した。それ以前「鉄道」には、色々な風評があった。やれ、陸蒸気の煙で公害が出るだの、輸送体系の変化で街が寂れるだの……。
それはある面、当たっていた。確かに輸送の“既得権”は、雲散霧消した……。
「それじゃあ、わがの村にも鉄道を」と、軍隊の助けを借りて引いたまではよかったけど……、機関車の煙突から吐き出された火の粉で、一面が大火に見舞われた……。それで、福島の「軽便」は、かなり早く電化が成った。
ワタクシが幼い頃好きだった「きかんしゃ・やえもん」の絵本のエピソードは、この事件をもとにしてるとかしてないとか。

大地震発生後、福島市民を勇気付けてくれたのは、この軽便の流れを汲む“飯坂電車”のいち早い復旧と、福島交通バスの奮闘だった。

世の中、何が幸いするか、わからない。あざなえる縄の如し、塞王が馬だね。

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2011年5月 5日 (木)

土津神社・奥の院

土津神社・奥の院
拝殿に参詣して、奥の院へ。ここ2回は、参道の中程、井戸のところまで、クルマで失礼させていただいている。

正之公墓所の二基の石灯籠、向かって左の笠石が落ちている……(恐れおおくて写真は撮らず)。

土津さまもずいぶん、驚かれたことでしょう。

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西会津野沢・天然山常泉寺

西会津野沢・天然山常泉寺
この5月2日で、タンドーオヤブン三周忌。
GWと秋のお彼岸恒例の墓参りに来ました。

いつもながらのドライブ日和。道行きは快適快適。

墓前で「お願い」はしない。震災があっても無事でいられること、素敵な仲間にたくさん出会えたことに感謝を捧げる。

帰途にはこれも恒例、土津さま(保科正之公)に参拝し、こちらでも御礼言上するつもり。

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みやぎ芸人発見伝・8

昨日5月4日、仙台あまちゅあ落語こんてすと主宰・桜井幸子さんの企画「みやぎ芸人発見伝・8・チャリティ落語会」に、押し掛け参加させていただきました。
まずは「根多帳(敬称略)」


 信祈楼かすみ「つる」
 誕生亭桂喜「目薬」
 剋家亭清生「金名竹」
 玉田千恵「THE ZOO(英語落語“動物園”)」
〈仲入〉
 裁落亭とんぼ「カラオケ病院」
 豊包亭福楼「初天神」
 替り家志ん喬「強情灸」
大入叶         


御来場いただいた皆様、会場を提供してくださった「いきちか」様、ありがとう存じます。そして「アウェイ」のワタクシを暖かく迎え、持ち時間を割いていただいたうえに「ホーム」同様にリラックスさせてくださった東北学院大落研各位に、スタッフを買って出てくださった、こいく姐さんに、そして席亭・桜井さんに……最敬礼!

ぜひまた、ご一緒させてくださいね。皆さんに負けないように、精進します。

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2011年5月 4日 (水)

出前落語

前にも同じようなことを書いたような気がするけど、まぁいいや(笑)。

ワタクシが、こんなに落語にはまってしまったのは……。
ワタクシの親元の街に住んでいた、三遊亭若馬師匠の影響がある。

若馬師匠、ワンボックスの“ボンゴ”に高座をしつらえて、精力的に“出前落語”をやっていたそうだ。
それが高じて、ご自身の住む街“清瀬”で「市民寄席」を始めた。それが、ちょうど、ワタクシがかつて落語にはまっていたピークの頃。高校生以下なら、ワンコインの500円(……とはいうものの実はまだ“お札”だった!)で、芸協の、そうそうたるお師匠さん達の話芸を、ナマで楽しめた。

ここしばらく、チャリティ、慰問に行きながら、若馬師匠を思い出す。残念ながら、ワタクシ、若馬師匠の門を叩くことなく、もっともっと残念なのは、ワタクシが落語を離れている間に、師匠はあの世へ慰問においでになってしまった。

じかに言葉を交わしたことも、もちろんご指導いただくこともなかったけれど……。若馬師匠の思いを、アマチュアだけど、わずかながら引き継いではいるつもりです。

話し掛ける資格なんて、まったくないんだけど、あの世の若馬師匠へ。
インターネットで、若馬師匠の思い出を語ってくれている、平治師匠。今度「文治」を継ぐそうです。

十一代文治。ワタクシ、力はないけど後援します。

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2011年5月 3日 (火)

さいあく亭とんぼ、でした……

本日午後は、福島市パセナカMisse「顔晴っぺ福島」ライブ&寄席。

寄席のネタ帳。
 平三「転失気」
 すゞめ「ちりとてちん」
 日が志「孝行糖」
 松太郎「漫談・マジック」
 いさん「天狗裁き」
 ツイ輝「やかんなめ」
 笑遊「権助提灯」
 ケロ美「子褒め」
 とんぼ「親子酒」
大入叶


御来場の皆様、スタッフの皆様、ありがとう存じます。出演の皆さん、お疲れさまです。

さてさて……。
今回はワタクシ「トリ」のご指名をいただいたにもかかわらず……通算52席、24演目中、最悪の高座でした……。「笑いがなかった」という点なら、もっとひどいことがあった。でも今回は、その時よりもずいぶん笑っていただいてしまったがゆえに、お付き合いいただいた皆様に申し訳がない。ごめんなさい。

以下に戒めを。

1。稽古百篇なんて他人に云う前に、自分がやりなさい!
セリフを諳ずることができるようになってから、少なくとも一週間は稽古しなさい。当日台本を読んでる様じゃ、ダメダメ!
2。いくら演目や日程に思い入れがあっても、同じネタの繰り返しを避けたいという意地があっても、引き返す(別の演目に変える)勇気を持ちなさい。
3。枝葉末節のクスグリを考えるのは、本筋がしっかり自分のものになってからにしなさい。

好きな噺でつまづいただけに、悔しくて悔しくてならない。

必ず、かならず、リベンジします!

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2011年5月 1日 (日)

今宵から、再度切り替え(笑)

今宵から、再度切り替え(笑)
↑コレが、次回演目の「キモ」!? またまた“実習”開始です。

悩みがふたつ。

1:ネタ卸しまで、今夜と明晩しかない! 大丈夫か!?
2:お酒はこんな一升瓶入りながら、普段のパック酒と値段がかわらない安物だからいいけど、呑む器が……(^^;)。日常、燗でも冷やでもお猪口にして、一口が“グイ!”で終わるようにして、呑みすぎないように対策してるのに(それでもしばしば「想定外」の事態に陥るのが、情けない……)、コレだと、知らず知らず「グイグイ」行っちゃう……。


おっとっと! コレを書いてるケータイの画面が、マルチディスプレイになってきたぞい!
そろそろ、お休みなさい。グラグラ揺れてるような、グルグル回ってるような寝床へ潜ります。……もちろん、というか、哀しいことにというか、「回転ベッド」なんかじゃありません(苦笑)。


さて、ワタクシの明後日の演目は、何でしょう? 答えを昨夜までに聞いちゃった人は、コメントしないように!(笑)

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