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2011年11月16日 (水)

日本酒党

で、ある。

でも、最初に酒でわけがわからなくなったのは、日本酒だった。忘れもしない、大学1年、サイクリング同好会の新歓コンパ。今は亡き、経堂「どさんこ」二階、畳の擦り切れてちょっとゲロ臭い、怪しげな座敷。先輩の勧め(強制?)に任せてグイグイ行って……気が付けば(気が付いてない……苦笑)ズダ袋状態。一級上の先輩に担がれて、彼の下宿にお世話になった。


それから半年は、ビールは呑めたけど、日本酒は匂いだけで戻しそうだった……。夏合宿で東北へ来て、あの「日航ジャンボ機墜落事故」の晩、お岩木山のキャンプ場で打ち上げだったのだけど、おそらくビールをいくらか呑んだだけだと思われる。
それが再び平気になったのは、たぶん、学祭「収穫祭」の頃だろうか……。

学生の頃は「哀しき自宅生」だったから、毎晩の晩酌なんて思いもよらず……。晩酌を覚えたのは、実家を飛び出して、一人暮らしをはじめてからだ。
最初のうちは可愛いもので、ビール350缶ですっかり満足してたっけ。もっとも、当時まだ「第二」「第三」という、安物はなかった。今思えば、かなりの贅沢だ。
それがいつから「日本酒」に切り替わったか。
きっかけは、一人暮らし二年目、ワタクシの部屋で大々的に開催した「ボジョレー・ヌーヴォ・パーティー」。
未だバブルの余韻、華やかな時代。取引先の付き合いで買わされる「ボジョレー・ヌーヴォ」を、若い連中みんなで呑みながらオダを上げよう、という飲み会を開いたのだ。コレが……ワタクシはもちろん、これに参加したメンバー全員、恐らく一生の記憶に残るムチャクチャぶり……。

その会に、わが親愛なる先輩、ペンギンさんが、何を勘違いしたのか「ワインだけじゃ物足りないべ!」と“白鶴・まる”の一升パックを1ケース・6本、持ってきた。
ボジョレーだけで大盛り上がりだったので“まる”は、ほとんどそのまま、我が家に残った……。
たぶん、これを少しずつ片付けているうちに、ワタクシは知らず知らず「日本酒党員」になっていったのだろう。

数年後、引越して転職したワタクシのうちへ遊びに来た当時の職場の親友が「なんだ、この一升瓶の行列は!」と、呆れていたのも思い出す……。

気が付けば、かれこれそれから20年……。

今の職場の付き合いで買ったボジョレー・ヌーヴォを、今日、もらってきた。もっとも、一人で呑もうと思って買ったわけじゃない。土曜日に伺う米沢へ持参しようと考えて、なのだが……。
よく考えたら、向うは「高畠ワイン」の本場じゃん! それに思いつかないなんて、何たるボケぶり!

というワケで、ワタクシ・とんぼ、場違いなオミヤゲ持参で、米沢にお邪魔します(苦笑)。

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