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2014年4月30日 (水)

コロッケ

コロッケ
4月27日・日曜日「第20回らくごのくに」

根多帳

 小笑 漫談
 笑遊「雀」
 小道「江戸前カレー」
 松太郎 漫談
 いさん「生前セレモニー」
 つばさ「コロッケ」

 お囃子CD担当 ワタクシとんぼ

お席亭・いさん師匠にしてみると「まだまだ」だったようですが、ワタクシからみると

大入叶!!

の盛況でした。

ワタクシは裏方に回り、CDのトラック合わせとボリューム調整の間を除いて、皆さんの話芸を満喫しておりました。

仲間や先輩のみなさんからしばしば、CDプレーヤーや太鼓に張り付きっぱなしのワタクシに「たいへんだね〜」と労いのお声を頂戴するのですが、当人は全くそんなことはなくて、袖から「席の全貌」が観られる役得くらい、楽しみなことはないと感じているのです。

だから、苦になるどころか、お囃子を人任せにすると、むしろ調子が狂ったりすることも……


それはおいといて。

今回、ワタクシが楽しみにしていたのは、ズバリ、つばささんである。

つばささんと初めて会ったのは、2011年11月23日“立川談志逝去”の報が世間に流れたその日の「よめごや寄席」。

フラリと訪ねた客席に、つばささんも同席していた。

終演後の“余興”で、ワタクシ、着の身着のままで「親子酒」を演らせていただいた(……あぁ、恥ずかしい!)が、それも観ていて下さった。

半年後。
なかなか行けない、波之丞師匠の独演会へ遊びに行ったら、あやめ兄さんとともに、温かく迎えて下さった。

去年。
とんび兄さんの訃報を下さったのがきっかけだと記憶しているが、AOZ寄席を観に来て下さった。

今年。
米沢チャリティ寄席を観に来て下さるとのご連絡。
ありがたい!
でも、こっちはまだ、つばささんの高座を一度も観てない……

偶々1月の、仙台新撰落語会の翌日が「芋千寄席」。つばささんの落語を初めて観させていただいた。

今回が二回目の観覧。

伝統的な落語を“本格”とする、保守的立場に立って、辛口な表現をさせてもらうならば、つばささんの高座は……

“落語スレスレ”であるだろう。

落語には、なっている。だけど「既成概念」からすると、ギリギリの危なっかしいところ。
認めてくれないお客さまもあるだろう。


しかし、ワタクシは「落語」は、もっと幅があるものだと思う。
“名は体を表す”喩えどおり、つばささんの噺は、風に乗って伸びやかに遊ぶがごとき趣がある。
観ているこちらの気持ちも、空中を一緒に舞うように、フワッと軽くなる。


つばささんの芸風、大好きだ。
「古典」も、もっと観たい。

コロッケ。
ご当人の風貌がなんともいえずコロッケに似ている(失礼!)こともあってか「コロッケに生まれた人生(?)の歓びと哀しみ」が、蕎麦つゆにトロリと溶けていくように、ワタクシのココロにジンワリと滲みた、いい噺でした。


昨日の夕方。
残業を終わらせて、行きつけのスーパーに駆け込んだら「バラ売り惣菜半額祭り」になってた。
“これは!”と、コロッケとハムカツをゲットしてきて、晩酌のアテにしたのだが……

コロッケを頬張りながら、日本酒をチビチビ嘗めて「美味い、ウマイ」なんて悦んでいる野郎の言うことなんて、あまりアテにはならないなぁ……。

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2014年4月27日 (日)

1,000記事、突破!

いまでこそ「落語中心」になっているこのブログだけれど。
そもそもは「ワタクシの食事の記録」をしようと思って始めたものだ。
落語もやっていなかったし、もちろん高座名もなかった。
だからブログタイトルは、本名をもじった「卓的食卓」として、2005年6月1日に開設した。

かれこれ9年。
途中、1年くらい放っておいたこともあるけれど、ついに記事数が1,000を突破! 我ながら、よく続いたものである。

初期の頃の記事傾向は、冒頭に書いた理由で、今とはずいぶん違っていた。
食事の記録がメインで、プラス、日々の雑感などを書いていたのだ。

しかしながら、すでにミニFMで「ふくしま平成ラジオ寄席」のMCをやっていたから、落語志向は現れていて、6月10日の記事には「青菜」が出てきてる。また、この日の記事は「タケノコご飯」で、ブログ開設前の食事日記&レシピ集ホームページへのリンクが張ってある。

久しぶりに、昔のページを読んでみた。

「タケノコの茹で方」、どこを参考にしたか憶えていないけれど、しっかり自分でWebUpしてた。
しかも、これ、落語「たけのこ」を演じる時のマクラで唄う「たけのこを茹でる歌」、そのまんま。この替え歌を作ったのは、ちょうど5年前だ。

進歩してないぞ(笑)。

当時から比べると、記事の投稿方法を、パソコンからケータイに変えた。

ただ、書くのがずいぶんトロくなったように思うし、出来上がりの記事はクドくなった。

そいだけジジィになったってことやね!

次の2,000記事目がいつのことになるやら、全く読めませんが・・・

メアドの変更とか、ブログの引越とか、そういうことを殊の外メンドーに思うワタクシは、この先もおそらく、自分発信の場として、ここ「卓的食卓」を使い続けるでしょう。


どうぞ今後もよろしくご贔屓のほど、お願い申し上げます。

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久々に我が家のold Macから投稿(笑)

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マルハのさんま

マルハのさんま
これを肴に、もう少し呑んで、今夜は休みます。

贅沢を云えば「チョウシタのさんま」のほうが、ワタクシの好みなんだが……

実は、缶の形といい「チョウシタ」のOEMだったりして!?

今度、先般の農薬混入事件の影響で、加工食品の製造者が、パッケージに明記されるようになるという。

これを「改善される」と書きかけたのだが……

本質的に、そうかしら?

PBとは、ある意味「大手企業による、体裁のいい買い叩き」である。

某「赤と緑グループ」は、以前から“製造者明記主義”。
対する、某「燕脂グループ」は“表示しない主義”。

事故の即時対応に関して云えば、明記主義の方が優れている。

しかし、表示しない主義には“売ったものの責任は自分が全て取る”という姿勢が見える。


どっちがいいのかな?

難しいね。

ただ……姿勢は所詮姿勢“だけ”かもしれないからね。

それなら、自分の名前を出して、万が一の製造責任を自分が取る方が潔いと、ワタクシは考える。


他人を頼ってなんとかしてもらうのではなく、自分の考えで、自分の意志で、物事はすすめるべきだろう。

隣近所や地域のお付き合いを、なにより大切にしながら、ね。

喧嘩は両成敗。誰の得にもなりゃしない!!

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興津要編「古典落語」

興津要編「古典落語」
何度か書いたように、ワタクシは「本から落語に入ったヘンなやつ」である。

小学生にして、故郷・清瀬市中央図書館の、落語に関する蔵書を、子ども向け・大人向けの境なく、恐らく全て読破していた。

落語の速記本や台本にとどまらず、志ん生「びんぼう自慢」や、柳昇「与太郎戦記」に至るまで……(ただ、幸か不幸か、談志「現代落語論」は、開放書架になかったのか、初読は福島で落語を演るようになってからだ)。

ひたすら図書館の蔵書を読みまくっていたワタクシに、転機がきたのは中学二年、落研部員になったとき。

手元にいつでもある“自分の落語本”がほしくなり、数ある中からセレクトしたのが「興津本」だった。

厚さが2センチ程の文庫本で、演目数が群を抜いていたこともさることながら、当時のプライスで580円というのが魅力だった。
この2冊を、その頃のワタクシの小遣い一月分で買えたのではないかな?

実はもう一冊「大尾」も持ってた。写真の上下巻と大尾の間に“続”“続々”“続々々”の3巻あるのだが、それを飛び越したのは、ワタクシの初高座の演目「金明竹」が、あったから。

しかしこの「大尾」、中学の落研仲間に貸したっきり……戻ってきていない。

いつのまにか絶版になっていて、現在“ダイジェスト版”こそ普通に手に入るけど……仲間に貸した「大尾」も含めて、ソックリ揃えておくんだった……

それにしても、今手元にある、上下巻の程度の差! 上巻は、一部ページの糊が剥がれてバラバラになってるくらいだが、下巻はご覧の通り、ズダボロだ。

下巻にワタクシの好む演目が集まっているためだろう。

特に「青菜」。
四代目柳好師が大好きなワタクシは、ページ一杯に柳好師のセリフ回しを赤ペンで書き込み、本にないセリフは、セロテープで紙を継ぎ足して書き加えている。

若き頃にそこまで入れ込んだ癖に……今のワタクシの「青菜」は、川崎の師匠の先代、三代目柳好師のカタチ。

昔、四代目に傾倒していたゆえに、三代目の「青菜」が衝撃的すぎて、こうなった。
でもやっぱり、川崎の師匠の「青菜」も、大好きなんだよなぁ〜……いつかチャレンジし直したいとは思っている。

上巻はまぁまぁ程度が良いと書いたけど、実はこちらにもページに書き込みがある。

その演目は……

「短命」!

中高生にして、こんな根多をワタクシ、演ってた……らしい。すっかり忘れてた。

でも、考えようによっては、血気盛んな年頃だからこそ却って、この噺を面白く感じたのかもしれない。

ただし、今は演れないなぁ。
福島の総帥、笑遊師匠の「短命」、なんといっても絶品だもの! とてもとても、ワタクシなんぞに対抗できる余地なし!

さて。
先日の「全国学力テスト」の設問を、さっき読んでみた。

【落語「目黒のさんま」の最後の部分】

非常に癖のない(なさすぎる)、硬めの語り口。

おやおや……、でもコレ、どこか懐かしい気がするなぁ。

で、ウチの興津本をめくってみたら

これだ〜! ピンポ〜ン!

それで、こんな記事をつらつらくどくど書きはじめたんだけど。

思い直して、新聞の問題用紙を見直したら…

(興津要「古典落語」による。)
と、出典がバッチリ書いてあるじゃん(苦笑……今なら当たり前のことなんだけどね)。アハハ!!

結局ワタクシの落語なんてものは、昔得た読書経験をもとに、様々なコピペ・捏造を付け加えた噺を、人目を引く衣装を纏って語っているだけにすぎないのかも……

でも、いいべした!!
世紀の大発見と標榜する、学術論文じゃないんだから(苦笑)。

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2014年4月26日 (土)

第28回・仙台新撰落語会

とき/4月19日土曜日午後
ところ/宮城県民会館会議室

根多帳

 奏人「転失気」
 豆太郎「宿屋の富」
 こいく「金明竹」
 創造「くしゃみ講釈」
〜仲入り〜
 ワタクシとんぼ「たけのこ」
 后左江 躍り「大津絵」
 一昇「そば清」

今回から、和室より会議室へ移動。すべて椅子席になり、広さも余裕が。お客さまも演者もともに、伸び伸びと楽しめた一時になりました。

仙台新撰落語会も、ワタクシが押し掛けたこともあり、総勢15人の大所帯。開演時間は延びるは、1人当たりの持ち時間は減るは、という問題が出てきてしまいます。

それでも「昼夜二席やりましょう!!」とならないところが、この会のおもしろいところで……「終演後の打上」はゼッタイに外さない(笑)。だから「ぜひ夜席もやりましょう」には、なりようがないのです。

ある意味、まっとうな(?)社会人落語会の姿かもしれませんね(いや、夜席をやるのが悪いということではないですよ。昼夜通してまる一日寄席に浸れる愉しさも、なんともいいがたいし、「怪談噺」「艶噺」「お酒の噺」は、やっぱり夜じゃナイトね!!)。

で、今回から「ローテーション制」の試験導入となりました。開演時間を3時間と見込んで、9組出演。これなら、仲入りを入れても、ひとりあたま20分弱の充分な時間が取れます。

ところが、好事魔多し……三人のメンバーから「休演連絡」が……


六人だと、少々延びても二時間コース!?

当初は顔触れに入っていなかったワタクシ。1月には日程が決まっていたから、その時点で仙台行きは確定。出番が無くとも、スタッフ参加、打上参加を楽しみにして、「皆さんの噺をたっぶり楽しめる、加えて、衣装を持ってかなくてすむぞ。楽チン楽チン」などと、不埒なことを考えて、このブログで「充電宣言」などしてしまったのでした。

しかし、こうなると番組が寂しい。「誰か出ないかな〜」と暫く待ってみたけれど、後出しするような粗忽者が誰もいない。

ええい、ままよ、と、充電宣言を撤回し、衣装担いで鈍行列車。

そんな無茶をするもんだから、慣れない高座に上がるときに、いきなり転んでひっくり返るはめになる。いやはや、ご心配おかけしました……

和気あいあいの打上一次会も開いて、ぴん吉さんのお誘いで、1月にも行った国分町の「一久」さんへ。

そこで、六六さんが語りだしたのが、落語への熱い情熱。

水無月亭六六さん。まだ厄年を迎えてない若手だけれど、初めて六六さんの高座を観たとき、ワタクシはビックリして座りションベンするところ(汚い例えでゴメンナサイ)だった。

六六さんが高座に上がると「江戸の風」が吹く。イキでイナセで、しかも“悔しいことに”イケメンなのだ!

震災発生の頃に落語に開眼し(開眼してしまい?)、今の芸風を短い間に確立した六六さん。
落語に関して、ずいぶん「右寄り」な思いを抱いてらっしゃると見えなくもないけれど、しっかりした心棒があるからこそ、あの高座があるのだと、納得したのでありました。

それからすると、ワタクシなんぞ、風に吹かれてあっちへフラフラ、こっちへヨロヨロ、道端にさまようコンビニ袋に、さも似たり……。

400年の歴史を持つ「落語」は、大きなことを云うようですが(笑)、今、歴史的な転換点を迎えているような気がする。

落語協会次期会長に、柳亭市馬師匠が就任するというニュースも、その一環。

市馬師匠は、江戸・東京どころか、関東を遠く離れた九州、大分の産。

ちなみに十一代目を昨年襲名した文治師匠も、大分産。

落語も、昭和の頃には思いもつかなかった「グローバル化」そして「ユニセックス化」してきている。


プロとアマの違いまでも、なんだか曖昧模糊なカオス状態を呈してきたように見える。

そして「全国学力テスト」国語に、落語がネタの出題(前記事をご参照ください)。

落語界も、かようにグローバル化して……

「この頃、日本人の真打がいなくなったねぇ」
「ホント、寄席ェ行くとさ、トリどころか仲入り後は、外人の噺家や芸人ばっかりだよ」
「日本人で最後の真打は、正蔵・三平兄弟だったね」
「そうそう! 彼らも昔はひどい評判に甘んじてたらしいけど、オフクロさんの長命のDNAを受け継いだんだろうね、ふたりとも100まで現役を貫いてさ、名人の称号をほしいままにしたよね」
「そうかなぁ!?」
「長生きも芸のうちだよ。五代目小さん、八代目、彦六の正蔵、米丸に柳昇、円右……、福島の漫太郎に雲に順八をご覧!!」
「はぁ、なるほど……」

そんなボヤきをするその前に。ぜひ六六さんの落語を観てください。惚れ惚れする、硬派の高座です。
次回・仙台新撰落語会は、7月26日・土曜日午後、宮城県民会館4階会議室にて開演。
六六さんも、梅雨のジメジメを投げ飛ばすような、スカッと気持ちの晴れる噺を聴かせてくれることでしょう。

たくさんのご来場、お待ち申し上げます!!

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2014年4月25日 (金)

全国学力テストに、落語が出た! !

去る4月22日に実施された「全国学力テスト」。その、中3・国語Bに、落語「目黒の秋刀魚」にまつわる問題が出題された!!
しかも、上下の演じ分けを見せるモデルが、ワタクシが、ついこのところお世話になった、ちゃん平さん!
(この解像度じゃ、誰だかサッパリわかりませんけどね……)
 
設問の詳細は、当人、ちゃん平さんがブログに書いてらっしゃいます。「二松亭ちゃん平」→検索!
 
 
 
 
ワタクシ思うに、これは、落語界35年ぶりの大ニュース。
 
 
35年前は、何があったかというと……「教科書に落語が載った」のです。
 
今や当たり前のように「寿限無」「ぞろぞろ」が載ってますが、当時たいへんなインパクトがあった。ちなみに、初掲載の噺は「子ほめ」。当時の幼いワタクシが愛読し、今も参考にさせていただくことがしばしばある、先代・柳亭燕路師匠の“子ども寄席”が底本で、中学の教科書だった。
 
 
 
折しも、「横町の若様」春風亭小朝師匠、20台の新進気鋭の真打ちで、TBSラジオ、9時〜12時の帯番組“夜はともだち〜おーい、聴いてるかい〜”のDJをやっていた(そうそう、今は“パーソナリティ”に変わってしまったけれど、夜のラジオのメインはみんな、ディスクジョッキーだった)。
 
その小朝師匠が「落語を設問にした赤本に取り組む受験生」をマクラにした音源が、うちにある。
 
 
 
 
 
落語が教科書に載ったという事件の影響で、おとなしい本の虫にすぎなかったワタクシは「落語を演じる者」に、うかうかと羽化してしまったのである。
 
 
 
 
ちゃん平さん、小道さんはじめ、ワタクシの同学年辺りから以降、アマもプロも、35年前の「事件」の影響は、確かにあるように思う。
 
 
 
 
 
 
 
誰も傷つけずにみんなが笑える、落語って、すごいなぁ……
 
 
 
35年後、今回の事件に影響されて、どんなプロアマの噺家が出てくるんだろ?
 
 
 
でも、それを見届けられる頃までしっかり生きてられるかしらん!? どうも自らのことながら、覚束ないワタクシなのであります……

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2014年4月18日 (金)

お知らせ

パソコンで見られるトップページにも書きましたが、インターネットラジオ「なるほど がってん ポッドキャスティング」内、「なるほどがってん寄席」の第31回として、ワタクシが昨2013年秋、福島テルサ寄席で演じた「つる」を公開していただきました。

http://naruhodogatten.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-0109.html

二松亭ちゃん平さんが、すばらしいMCをつけてくださって、感激です!!

「なるほどがってん」の、西久美子さん。
音源を提供してくださった、福島テルサの親愛なるスタッフの皆様。
写真を提供してくださった、三島町の小島純さん。
ありがとうございます。

そして……
鶴が飛んでくる風景に、絶大なるインパクトのヒントをくださった、信祈楼かすみ姐さん。
落ちにつながるアドバイスを、さりげなくくださった、ミル姐さん。
お二人のおかげで、あの形の「つる」は、できたのです。

ありがとうございます!!

さらに……
「黙って飛んできた」ではない落ちを教えてくださった、立川寸志さん。

しばらく「黙って」寸志さんの落ちも使ってました……今度またお会いできる機会に、いきさつを釈明いたしますので、何卒、ご容赦を……


上方落語の世界には「つるに始まりつるに終る」なる格言があるそうな。
「つる」は、前座噺のひとつには違いないのだが……人と人とのコミニュケーションという永遠の課題を取り扱っているのだ。

昨年不慮の事故で他界した、勇家とんび兄さんのうちに、かつて泊めてもらったとき、ビデオで、松鶴師の「つる」を観せてもらった記憶もある。

「つる」という噺。
ワタクシにとっては、永遠の課題なのかも、しれないなぁ……

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2014年4月14日 (月)

大木代吉本店「こんにちは料理酒」

大木代吉本店「こんにちは料理酒」

わが農大サイクリングの後輩、大木くんの造っている「料理酒」。
 
日本酒の在庫を欠かしたことがないから、今までついぞ、わざわざ料理酒を買ったことなどなかったのだが、コレ、そこいらの安物料理酒とは訳が違う。
 
旨味成分を高める造りをして、塩分を加えてない。「飲み物」として立派に通用するのだ。
 
 
 
先ずは、味見、味見(笑)。
 
 
黄色を通り越して、茶色い!!
 
お味はいかに……
 
 
 
かなり甘味が強く、熟成した香りがする。
 
不思議と「老亀・長期熟成本醸造」に似ている。
 
 
 
福島と広島、離れていながら、どこか似た傾向の、ユニークな酒造りに取り組む二人に、乾杯!
フレー、フレー!!

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2014年4月11日 (金)

ベースロード電源!?

ヤな言葉だ。

別にヘンなカタカナにしなくたっていいじゃん。

24時間、365日、安定して電力を供給できる……だったらズバリ「基幹電力」と云えばいいじゃん。

むしろ「基幹電力」と言い切って、その上で再稼働の必要を訴えるほうが、納得とまでいかなくとも、「しゃあないな」という消極的同意が得やすいと思うなぁ。


馴染みのないカタカナ言葉でケムに巻こうという魂胆ミエミエだ。

そんなに大事で「安全」ならば、再処理施設や高速増殖炉は、是非、皇居前広場かトーキョーネズミ園辺りにサッサと建設したらいい。


そうしたほうが「原子力利用」の将来も拓けるってもんだ。

「東京原子力発電所」の建設計画があるならば、ワタクシは賛成するね!!

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2014年4月 8日 (火)

特効薬!?

広島チャリティ寄席から帰ってきたら「風邪ひいた」……。
 
普段から風邪をひかない妙な自信があるのだが(←“○カ”だから)、珍しくも、今年に入って二度目の罹患。
 
 
ハダカで寝ちゃったことはないし……
 
残業疲れの蓄積?
 
広島で“放電”しすぎちゃった!?
 
いずれにしろ、隙があったのは確かだ。ここへすかさず入り込んでくるあの野郎“風邪の神”の目敏さには驚く……。
 
 
 
熱っぽいのは、二日ばかりで治まった。ところが……。
 
 
 
「お名残惜しい……」と引き留めた覚えはないのに、今日まで、シツコイ咳が続いて、治まらない。
 
 
 
朝は、穏やかだ。
それから徐々にエスカレートし、夕方が一番ひどくなるのだが、晩酌がすんで布団に横になると、途端に出なくなる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひょっとして、これ「花粉症」!?
 
 
 
花粉症といえば、派手なクシャミに鼻水ダラダラ、涙ポロポロというイメージが強かったけど……
 
確かに鼻水は出るのだが、クシャミを催すほどではない。鼻をかむほど溜まる前に、鼻水が喉の奥へとタラタラ、タラタラ流れ落ちて、咳の原因になる、ようだ。
 
汚い話だが、論より証拠、このところ吐く「痰」、鼻水と同じ味がする。
 
 
 
 
 
そうか!
花粉症となれば、対処の手立てはある。
 
 
 
まず「朝からマスクをしてみる」。
ワタクシは、眼鏡をかけていることもあり、マスクが苦手で、できれば掛けずにいたいのだが、背に腹は代えられない。
 
 
 
ちょっとは、ラクなようだ。
 
 
 
 
 
ホントは耳鼻科の医者様を訪ねればいいのだが、なかなかそうもいかないので……
 
「特効薬」を買ってきた。
 
 
まずは「小青龍湯(しょうせいりゅうとう)」。
ワタクシ、若い頃は花粉症ではなかったけれど、鼻の粘膜が温度差に過敏で、季節の変わり目にはティッシュが手放せなかった。
そんな時、いつも服用してたのが、この「小青龍湯・顆粒」。
パッケージこそ変わったけど、今回も昔馴染みのメーカーの製品にした。
独特の癖のある味の粉薬。
夕食前に、医大生・平三くんの教えに倣って、ぬるま湯で服用。
 
 
 
 
 
もうひとつは、わが旧友、寺ちゃんオススメ「泡盛・請福ファンシー」。
「薬品」でない、お酒だから、そういう効能はどこにも書いてない。しかし巷では評判が高いらしくて、花粉症もちで沖縄フリークの寺ちゃんが、自ら試した上でのイチオシである。
 
まさか花粉症の疑いのある症状に陥ろうと思っていなかったけど、せっかくだから、試してみっぺか。
 
お湯割りにする……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美味い!!
 
こりゃ、危ない!!
 
花粉症が治まったはいいけど、代わりに即刻アル中になりそうだ(苦笑)。
 
 
 
すでにもう、半分無いし……
 
 
 
 
 
明日、少しは楽になれるかな?
 
 
 
寺ちゃん、サンキュー!!

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2014年4月 3日 (木)

江戸の貨幣価値

もと「社会科講師」の癖が抜けなくて、噺のマクラにこんな面白くもない話題を振ることがある。

って書いたけど、おカネには、コドモからお年寄りまで、まず関心のない人はいないから(雛鐔の若様くらいなもんだ)、笑いは全く取れないけれど、客席を引き込める便利な話題ではある。

江戸時代の関東は「金本位制」。小判がおカネの基準である。対して上方は「銀本位制」。銀には小判のような“規格貨幣”があんまりなくて、丁銀とか豆板銀といった、いわば「銀地銀」を天秤でいちいち計って決済していた。おまけにこの「金対銀」の交換相場が、毎日動く。「円高」だの「ドル高」だのという為替相場に、日本のあきんどは江戸時代から一喜一憂していたのだ。

さて。
江戸の基準通貨「一両小判」。
その四分の一が「一分」。
さらにその四分の一が「一朱」。
そして庶民に馴染みの「銭」一文は、一両の4,000分のーである。

すなわち「一両=四分=十六朱=四千文」という比率だ。

では、肝心の「一両」は、今のいくらにあたるのか?

これを算定するのは、なかなか難しいようだが、米価を基準に据えると、概ね現代の「10万円」といったところが妥当らしい。

一両=10万円、ならば……
一分=2万5,000円
一朱=6,125円
一文=12円50銭

となる。

富くじの一番富が千両だから一億円か。それにしても富札一枚が一分……ずいぶん値が張る代物だ。

甚兵衛さんが一分で仕入れた「火焔太鼓」。売上3,000万円也! 小判なら、50両の切り餅6ヶだが、100万円の札束なら、なんと300束!! 懐や袂には入りきらない(笑)。

高尾もしくは幾代の揚げ代が、一晩150万円……。旅先の飯盛女のお代は2〜5万円。

芝の浜で拾った財布の中身は、500万円……。

夜鳴き蕎麦の種物が、400円。散々世辞を弄して掠めるのが12円ちょい……(セコい!!)。

そして……
100万円盗んだら打ち首か……

ただ、考えてみると、小判より下のおカネでは「4つ集めるとカタチになる」。

四分=一両
四朱=一分
四文×1,000=一両

「かつぎ屋」に出てくる、宝船売り。
一枚四文の宝船を「そうですなぁ、旦那様の年の数ほどあるでしょうか、1,000枚ほど」と云い、旦那にソックリ買い上げてもらう。ということは、旦那は彼に、一両小判で支払ったのだろう。


落語は落ちればそれでおしまい、後日談など要らないけれど。

甚兵衛さん夫婦は、あれから良い商売をしたのかな(……おかしなへっついを仕入れちゃう予感……)。
宿屋の富のお客と主の運命は?
宝船売りのその後の人生は?

なんて、考えてみると、なにか噺ができたりなんかするかもね。

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