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2016年9月26日 (月)

別府鉄道

cocologの方は構わないんだげんちょ、mixi日記からご来訪の皆様……ご勘弁。
mixiの日記の設定を、cocologへのリンクにすっぺかと思って、いざ設定してみたっけ“パソコンから行ってくなんしょ”って云わっちゃ!!
なんで、今まで同様W投稿すっから、テキトーに流してくなんしょなぃ。

「別府鉄道」。
“べっぷてつどう”ではない。
“べふてつどう”と読む。


兵庫県の臨海部に路線を持つ、小さな私鉄だった。

小さくても、貨物輸送の主役が鉄道だった頃は、ずいぶん景気が良かったはず……だ。
だから、旅客輸送は二の次で。昭和の終り頃になっても、時代のついた混合列車(さすがに機関車はヂーゼルだったけど)や、前後に荷台を付けた気動車を、ノンビリ走らせていた。

初めて関西方面に旅したとき。
どうやって時間の工面をつけたものか、この“別府鉄道”と、国鉄高砂線に、アタシは乗ったのである。

夕方。古い気動車の、白熱灯の車内照明が、ホンワカした雰囲気を醸し出していた印象だけ、なんとなく記憶に残っている。

それからかれこれ、35年。

現地にその名残など、ほとんど何も残ってないだろうな……。

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2016年9月24日 (土)

お彼岸と云えば、墓参り

幼い頃に刷り込まれた習慣というのは恐ろしい。
アタシには、どうしても「お彼岸=墓参り」なのである。
もっとも春彼岸は、仕事がムチャクチャ忙しいのと、当地福島の気候がまだ厳しいために、暢気に墓参りに出かける気にならない。
 
そこへ行くと秋彼岸は、ソコソコ気候も悪くないし、なんか「墓参りしないとマズイな〜」という気分になるのである。
 
お中日の22日、天気は生憎だったけど。
例によって、西会津のオヤブンのお墓に。
小雨がパラつき始めたんで、草むしりがお座なりな上に、植木の剪定をやめちゃった。お墓の皆さん、ゴメンナサイ!!
 
 
 
次いでは、猪苗代の土津っつぁま。
 
大鳥居が修復工事中でした。
 
正之公の墓所・奥の院に、参拝したら。
側に猪苗代町が建てた情報板が。
 
五年前の大地震で、正之公の塚天辺の“鎮め石”が、ひどく損傷してしまった。それを直すの、まぁ大変だったんだぞい!! てな内容だった。
 
土津っつぁまのお墓が大変だったのは、アタシも実見している。
塚の前に建ってる灯籠が倒れてた。まさか鎮め石までそんなになってたとは……。
 
当時、奥の院の賽銭箱に、普段のアタシならゼッタイ出さない大玉を入れてきた。灯籠と鎮め石の復原に僅かでも役立ったならば、アタシは嬉しく思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて。ここから先。
またしても“鉄バナ”。しかも、昔ばなしだ〜(笑)!
興味のあるかただけ、お読みください。
 
 
 
 
 
 
アタシの実家は、西武池袋線の「清瀬」。
そして、アタシの祖父、金次郎爺さんの眠るのが、千葉の「市川霊園」。
 
お彼岸の墓参りとなると、ものすごく遠出するような気がしたものだ。
初っ端の記憶は、池袋から丸ノ内線に乗り、大手町で東西線に乗り換える……
今の景色からは信じがたいけど、東西線の高架を走る車窓から、海が見えた(これホント!!)。
 
 
 
コドモを飽きさせるのはマズイと思ったのかどうだか判らないが、帰りは黄色い総武線の電車で、秋葉原や新宿に戻ってきて、山手線で池袋へ向かったものだった。
 
 
 
手元の資料によれば、総武線の東京駅乗り入れが始まったのが昭和47年夏。
その秋のお彼岸。真新しい113系電車のクロスシートに掛けて、ワクワクしているアタシ(と、その家族)がいた。母は末弟を身籠っていた頃だから、そこには居なかったかも。もちろん「現・千葉県民」の末弟も。
 
 
昭和53年。武蔵野線の新松戸〜西船橋間、開通。
以来、我が家は「お彼岸」に都心を経由することがなくなった。
 
市川霊園の最寄り駅「市川大野」から、30分ほど田園地帯の散歩を楽しむのが恒例だったけど。
 
長らくクルマの無かった我が家にも、昭和62年に、いすゞ・ジェミニ(街中でアクロバット走行するCMで人気が出たアレ)がやってきて。
 
平成元年にアタシが実家をオン出て“ひたすら電車とバスだけで出かける家族”は、恐らく我が国一円でも、終焉を迎えたのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
きょうだい、いとこが集結し、手料理を持ち寄って、盛り上がったお彼岸の墓参り。
 
ひとり、ふたりと、墓石の下の人になり。
ほぼ無欠席だった母も80の坂を越え、この秋はお参りを休むと云った。
 
 
 
 
 
会津の、オヤブンの墓地。
いつの間に建ったのか、見慣れない、四角い建物が……
 
共同納骨堂だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この先。墓があっても守れる人が減っていく。
 
だからいっそ、遺骨は一つにまとめちゃって、いくつか墓標を立てといて。
「どれでもお好みをお見立てください」ってのは、いかが!?

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2016年9月18日 (日)

かなりあ

歌を忘れたカナリアは
後ろの山に棄てましょか

いえいえ
それはかわいそう

歌を忘れたカナリアは
背戸の小薮に埋けましょか

いえいえ
それはなりませぬ

歌を忘れたカナリアは
柳の鞭でぶちましょか

いえいえ
それはかわいそう

歌を忘れたカナリアは
象牙の舟に銀のかい
月夜の海に浮かべれば
忘れた歌を思い出す   


詩・西条八十

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元素の周期表を見たくなり検索したら、文科省の「一家に一枚シリーズ」がヒット。ガラケーでは残念にもDLできなかったが……今時の家庭は、トイレに周期表とか人ゲノムの表とか、貼るんだろか!? って、周期表を突然見たくなるアタシも……何だかなぁ(笑)。

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2016年9月12日 (月)

すごくマニアックな話

しかも「鉄」のこと(笑)。

なんだけど、もう40年は気になってることだから、敢えて書いてみる。


昭和30年代後半。西武鉄道は何を考えて、元・武蔵野鉄道のモハ301と、新鋭のサハ1471というチグハグな4両編成を走らせたのか?

西武のチグハグ編成で最も有名なのは、かの501系2M4Tだが、301+1471+1471+301は、その二年ほど前に組まれている。

301は、ワタクシが生を受ける以前に出雲のバタデンに行ってしまったけれど(残念ながら向こうで会うことも叶わなかった)、悪名高い2M4T編成は、おぼろげながらワタクシの実見記憶にあるのである。

501に挟まれていたサハ1551と、301に挟まれていたサハ1471はソックリだ。外観の違いはベンチレーターだけ。1471はガーランド型、1551はグローブ型。

かつて、Nゲージ規格の鉄道模型にハマッていたワタクシ。既製品に飽き足らず、部品流用で出来る車両を作り始めた。第一作は、西武501系。次いで、同じ西武の101系のキットを利用した、701系。
次に手掛けたのが……当初は501に挟む1551のつもりだったんだが。
プラ板切り出しの2両分の車体ができて、気が変わる。

ベンチレーターをガーランド式のにした。てことは、301を作んなくちゃね!!

出来た〜!(♪ファンファーレ……笑)

でも、一両だけ……(おいおい……)


それからかれこれ四半世紀超。

五年前の震災の時、わが鉄道の車両も、何両か、修復不可能なバラバラ状態に被災したため、泣く泣く処分したけれど……

301+1471+1471の、半端な三両は……たぶん、ウチのどこかで、今でも眠っているはずである。

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2016年9月10日 (土)

予約不要

自由席、予約不要。
目的地も決まってないのに……できたら座って行きたいな(笑)。

頼りは、ごくわずかなポケットマネーと、大判の時刻表。

な〜に、事故や災害でウヤ(運休)があったって、べつに、いつどこに居なきゃならないなんて縛りは無いんだから、成りゆきに任せて、次に身を任せる汽車やバスを見つければいいのだ。


メーテル殿……

銀河鉄道全線の無期限パス、更年期のオッサン用を一枚、お願いします。
あ、ちょっと待って!! スイカ兼用のでね(笑)。

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親友に、オマエの生活は昭和だと、かなり前に云われた、アタシの夏の必需品。在庫が切れ、日本の夏の代名詞と迷った挙句、安いA社製品購入。あ〜残念!! いかにも蚊取線香臭いのもアレだけど、モロに法事臭い……ダレだ!?「似合ってんじゃん」とか突っ込むのは(笑)。

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2016年9月 4日 (日)

だめだな〜

なんにもない、なんにもない、まったくヤル気がない……

せっかくの土日のお休み。完全に「ひきこもり」してしまった。

貴重な、日曜の出前寄席の出番も抜いちゃった……(もちろん無断欠勤はしませんが)……。

まぁ、先程、明日のお弁当のお米は磨いだから、生きる気力は、まだなんとか、あるらしい。

休日も平日も、とにかくいつでも眠い。
アタマが少し回転するのは、お酒が入ったときだけだ。哀しいかなそうなると、既に身体が動かない……

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