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2020年6月21日 (日)

長距離バス!

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またまた、この「時刻表・昭和39年9月号(復刻版)」から。

国鉄の時刻を眺めての脳内トリップ。飽きることがない。ここ2ヶ月程、自宅では紙の書物はコレしか手に取ってない……。

さて今回。こういうことを言っといて、国鉄の話は、しない。

後ろのほうに、私鉄やバスや船、そして飛行機の時刻がまとめてあるのだが、アタシが眼をひん剥いたのは、このページ。

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東京から、福島、会津若松、山形、仙台へ向かうバスの時刻。

と、シレッと書いたけど、わかるかなぁ。


当時ニッポンには、高速道路がほとんどなかった! 名神高速の一部と、首都高速、阪神高速のわずかな部分ができてただけ。もちろん東北道は、ない。ひたすらひたすら一般道を走ってたのだ。

もっとも、道路状況が今とは全く違う。自家用車は、スバル360、マツダキャロル、トヨタコロナ、ブルーバード310てなところ。まだサニー、カローラ、ホンダN360はない。おまけに、クルマと「家」の値段がそれほど変わらなかった。地方の国道では渋滞など、ほとんどなかっただろう。

時刻を見ると、東京→福島が昼行で7時間40~50分、夜行で7時間弱。現在クルマで一般道を行けば、だいたいこの位かかる。バスの動力性能や、バイパス道路などなかったことを思えば、なかなかの健闘ぶりだと思う。

また、若松行き以外は全て福島を経由する。昼行夜行合わせて10往復。結構便利。

おもしろいのは、所要時間と運賃が、鈍行列車に乗ったときとほぼ同じということ。これは実は現代でも、高速バスとJR鈍行乗り継ぎの時間と運賃はごく近い。バスも鈍行も、すさまじく速くなってる……。


さらに。

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山形便。福島~米沢~上山~山形、と走るのだが……。

この時点では東西「栗子トンネル」が、まだ開通してない!

旧「栗子隧道」経由だったろうとは思うのだが……ここは冬期通行止めだった。

真冬の時刻表を見てないので、何とも判断しかねるけど、もしかしたら七ヶ宿経由?(ただし、米沢を回るとなるとかなり遠回り……)

どちらにせよ、福島~米沢間に1時間50分から2時間かけている。

いまや、新栗子トンネルで1時間弱。福島と米沢は、隣町感覚である。

ま、江戸時代初期は、同じ上杉領だったんだけどね。

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2020年6月 9日 (火)

稲作民族

週明け。朝の道路がいきなり渋滞。

おいおい、勘弁しとくれ! 緊急事態宣言解除で、時差出勤も、分散登校も、テレワークも、いきなり元の黙阿弥かよ~!?

なんてボヤく癖に、当該時刻の「路上の人」になってるアタシ。他人のことを棚に上げ、青空眺め溜め息をつく。


あ、そうか!

しょうがないのか!


2000年ほどに亘って、田んぼで稲作が生きるためのベストだった日本人。稲作の二大イベント「田植え」「稲刈り」は、時季を外せない。

特に「稲刈り」は、実りの瞬間と、全てをオジャンにしてしまう台風来襲の合間を狙って、済まさなければならぬ。そのためには現場(田んぼ)に知人一族郎党を集め、一気呵成にやっつけるしかない。

田植えはそこから逆算になる。一度に刈り取りするためには、一度で植え付けしなくてはならぬ。

かくして、田植えと稲刈りは生活・年中行事の柱となった。祭り、宴、接待、諸々「大人数で集まって一気に済ます」が、かれこれ2000年の日本人のスタンダードであり、生き延びるのに有利な手法だったというわけだ。


緊急事態宣言が解除され、いきなり「密」になった街の姿に「おいおい!」とツッコミしたくなったアタシだが。

郊外に出て青空を仰いだら、考えが変わった。「これでいいのだ」

そもそも日本人はじめ、東アジアの人たちは「密」になっている方が、生存に有利だったのだ。そこで自然と、密でいても流行病にかかりにくいような、生活習慣ができてきたのではないか。「民度」の問題なんぞでないことは云うまでもなく(笑)。


そして。東アジアの人間たちを、支配してきた者は……

「稲」!

ヒトからすると、自らの都合のいいように稲を利用しているように見えるが……、稲からすれば、ヒトは稲をパワーアップしてくれる僕(しもべ)だ。


今回のコロナ禍。東アジアの被害が少ない理由の「ファクターX」は「お米」かもしんまい!

さぁ、ご飯、喰うべ!!

(以上は、アタシの個人的見解であり、エビデンス等裏付けは何もありません)

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