お〜い、見てるか?

読んでくれてなくてもいいけど・・・、伝えたい、メッセージ。

2011年6月30日 (木)

若旦那と八五郎

落語の仲間で気やすくお付き合いしている発橋さん。初見参のときのこと。二十ウン年前の学生時代に、渋谷の国学院大・学生会館「若木2号館」地下フロアで、スライドしかけていたかもしれないね、という話で盛り上がり……、今は“小染社中”で共に太鼓をつとめる仲である。ただ、発橋さんは“大店の若旦那”、ワタクシは所詮“長屋の八五郎”。まぁ、どっちも「落語のくに」の、メインキャストのひとり、ではあるけれど。

その発橋さんの母上が先日亡くなり、今日、笑遊師匠と連れ立って、葬儀に参列してきた。

山の中の信号もない交差点が渋滞していて、しかも警備員が立ってる。すでに交差点手前で、路肩にクルマを置いて歩き始める黒服の人が、ちらほら……。
「こりゃ、駐車スペースが、もうないのかな」と思ったけれど、交差点の警備員さんはトランシーバーを着けていて、お寺の方角へウインカーを出すドライバーに「どうぞ! どうぞ!」と、ニンジン棒をグルグル振っている。
……ワタクシも伊達に駐車場警備のアルバイトをやってるわけじゃない。不安顔の笑遊師匠に「警備員さんの誘導に従えば、ちゃんとスペースはありますよ!」と、助手席からフォロー。難なく、駐車完了。


不謹慎なことを云うけれど……「葬儀」は、興味深い。
わが国、日本ほど、これほど葬儀のバラエティがあるところは、珍しいに違いない。
一般的な仏式だけでも、ご宗旨でみんな違う。
キリスト教その他、近代に日本に入ってきた形には、まだ立ち合ったことはないけれど。

で……。
実はこの先、葬式文化論を開陳しようと思ったんだけど……。
自らが参列した葬儀、見送ったいろんな方々のことを……思い出しちゃった。そうなると……ここでは、とても、語りつくせない……。


発橋さんのお母さん、ワタクシに、たくさんの大切な思い出の人たちに、また逢わせてくれて、ありがとうございます。
そして、発橋さん、ここずっと、たいへんだったでしょう。だから……

お互い、我々を育ててくださった方々に胸を張れる範疇の好きなことを、やりまくって行きましょう! 今こうして、生きていられることに、感謝しながら……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月14日 (火)

嬉しいはなし

嬉しいはなし
去る日曜日。中合寄席と、素人落語の会の定例ミーティングが終わって、帰宅したら、ドアポストに“不在票”が。

「? 今どき荷物を送ってくるなんて、誰だろう?」と手に取ると、4月10日に伺った、南三陸・志津川の“真奈津家 圓典”こと、ユーキくんの名前が。

すぐにクロネコさんへTELして、4階の我が家までご足労を願った。

包みを開くと、顔を出したのは「三陸わかめ」。

むしろ、こっちから、何か送ってあげなきゃいけないくらいなのに……大恐縮……。


伝票の発送日を見たら「6月11日」。“あの日”からまさにピッタリ3ヵ月……経ったのだ……。

走り書きも何も入ってはいなかったけど、ユーキくんのメッセージは、ひしひしと伝わってきた。
“志津川は、まだまだ大変だけど、みんな一所懸命やってますよ〜!”と。

ありがとう。
何の力にもなれないけれど……志津川の、あの日の出来事、そして、4月10日に眼に焼き付けた、あの惨状……避難所の様子は……生涯、忘れない。
……それだけしかできないけれど……。

「元気の素」、三陸わかめを美味しくいただいて、こっちも、何事も、一所懸命、やらないと、ね!

ユーキくん、重ねて、重ねて、ありがとう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月29日 (金)

レゲエが鳴ってる

レゲエが鳴ってる
酒は過ぎれば身を滅ぼす。わかっちゃいるけどやめられない。
だから今日の一本はコレ。ジャマイカ産の「マイヤーズ・ラム」。

昔、一緒に仕事をしていた仲間に、レゲエ大好きな奴がいて、彼のクルマに乗せてもらうと、いつもボブ・マーリーがかかってた。目を上げればジャマイカの、ラスタ・カラーの旗。

マイヤーズを一口含んで薫りを味わったら、そんな光景がはっきり見え、耳の奥では、あの独特な声で、リズムで、ボブ・マーリーが歌いだした。

お〜い、ニシダくんよ、元気にしてっかい?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月29日 (水)

Burst & Birth

…云っとくけど、まぁ、今回、無茶苦茶長いよ。不幸にも来ちゃったかた、どうせいい歳こいた酔っ払いオヤジの与太話、昔話。遠慮なくスルーしておくんなさい。

どうも我がブログ、最近、詩のようなものが多いな。旧作だったり、新作だったり、オリジナルあり替え歌ありと、全くとりとめがないけれど。
26年前に手に入れて、何くれと山盛り綴じ込んであるルーズリーフが今、手もとにある。当時、高校生だった私は、毎日のように詩を書いていた。クラスには馴染めず、部活(…生物部)ではイジられ、団地住まいだったから部屋で叫ぶわけにも行かず、今は馴染みの酒の味もいまだ知らず、ひたすらノートに思いをぶっつけていたらしい。でも、そんなものを、何故今でも後生大事に手もとに置いているかといえば……。そんな状況で書いたのにもかかわらず、絶望的な記述がほとんどないからだ。

クラスに馴染めなかったのは、仕方がないとあきらめ切っていたし、部活でイジられまくってキレたこともあるけれど、心底憎いやつをイジることはないだろうという、いじめられっ子特有の本能が働いたようで、極端にマイナスに傾かなくて済んだ(のだと、今になれば分析できる)。だから、ノートをめくり返して見れば、トータルすると、現状打破への憧れから出た、割と前向きなものが多い。

それからかれこれ四半世紀。振り返ってみれば、「エイヤッ!」と気合入れて、後先なんか考えずにやっちまったことに対しては悔いはない。でも、思っていたくせに実行しなかったことは、いまだにくよくよ「ああしておけばよかったなぁ」などと思い出しては、眠れなくなったりするのだ。

自分の所属している場所、それに馴染めない、というのは、その後もず〜っと続いた。自分から進んで飛び込んで行った学校や職場ですら、ことごとくそうなってしまい……。
大学を卒業できたのは、いまもって自身最大の不思議であるし、履歴書が一枚では書ききれなくなってしまったことにもなった。

嫌なことは、いつもある。でも、楽しいこと、熱中できることも、いつもあった。今もそう。
喉元過ぎれば熱さ忘るる。グッと一時の我慢。その我慢を延々続けられる人がいる。偉いな〜、凄いな〜と素直に感心する。でも、できないなら、別にそうすることなんかない(自分がそうだし)。耐えきれないほど嫌な思いを続けるなんて、馬鹿馬鹿しいし、もったいないから、早くそこから逃げ出すなり、きっぱりと距離をおく算段をした方がいい。
…と書いたところで、得意顔で他人に我慢を押しつけていた、過去の自分とその時の景色がありありと浮かぶ。嫌だね〜!

おやおや、まだ読んでくれてるんすか、ありがとうございます。さすがにこちらもちょいと疲れて(酔いが回って)きました。そろそろ本題です。とはいえこの先まだまだ長いです。眠かったらどうぞお休みください。

昨夜、若き頃の、とある作品を探して、件のルーズリーフを繰っていたら、25年経っていることに気が付いた。はてさて、それでは25年前の今日辺りは、オレは何を考えていたんだべ…と、前へ前へとめくって行くと……。
ドンピシャリ4月27日付で、我が作品の中で、大勢の人が関わってくれた、一番のお気に入りが! それが、表題の作品。
その頃の仲間で作り上げた一つの作品の中のワンピース、高校の学芸発表会(略称「学発」、普通ならいわゆる「文化祭」)で興行した「スライドアニメ」の主題歌にしてもらったもの。だから、自分だけのものではない。ずっと思い入れが強くて、パソコンで音楽をはじめた時に、いの一番にリメイクしたけれど、当時あったパソコン音楽作品発表の場に出すのは、一緒に作った仲間の許可をとってからにしたいという思いがあって、結局できず仕舞いになってしまった。
数年前に「初音ミク」という、歌ってくれるPCアプリケーションが発売されて、今は歌い手もずいぶん増えたらしい(哀しいことにうちのパソコンは対応してない……)。手に入れたらもちろん、いの一番に歌わせたい作品だけど…。でも、あの時歌ってくれた“たえちゃん”の許しを得ないかぎり、それはネットには流せないな。
ただ、昨日(お、気が付きゃ一昨日だ!)で、この作品、25THアニバーサリーだから、歌詞ぐらいは許してもらいましょう。

これができた時は、衝撃的だった。よく、作家や詩人、作曲家が「作品は天から降りてくる」と言うけれど、まさにそれ。校門を出た時、フレーズが、パッと詞と曲が同時に“降りて”来て、家に着くまでの15分で、大方完成してしまった。サビから来たりせずに、最初の歌い出しから、順を追って、しかも突然。こんな経験は残念ながら、それっきり、ない……。

Burst & Birth

1984.4.27 補6.21

Burst 弾ける

そして そこに残るものは

わだかまりのない
 素直な広がり


Birth 生まれる

今 小さな愛が

見つめあう ふたりの
 瞳に光った 涙から


Burst & Birth

爆発のエネルギーが

Burst & Birth

今 愛に変わる

Burst & Birth

古い殻 吹き飛ばして

新しい生命(いのち)が
 輝くよ


Burst 弾ける

押し付け固められていた
 なにかが

限りなく 彼方へと
 飛び散ってゆく


Birth 生まれる

ここに 大きな夢が

生き抜く者たちの
 生命の叫びから


Burst & Birth

爆発のエネルギーが

Burst & Birth

今 夢に変わる

Burst & Birth

豊かな希望 胸に抱いて

若い心が 旅発ってゆくよ

Burst & Birth

爆発のエネルギーが

Burst & Birth

今 愛に変わる

Burst & Birth

古い殻 吹き飛ばして

新しい生命が 翔くよ

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年4月23日 (木)

迷うのだ!

迷うのだ!

悩むのだ!

逃げてても 始まらない

迷うのだ!

悩むのだ!

しっかり受けとめて

前へ進むのだ!


お前は お前なんだ

それ以外の 何者でもない

それでいい それでいいんだから

お前のままで いいんだから


迷うのだ!

悩むのだ!

それが お前なんだから


そんなお前を

ちゃんと見てくれてる人がいる

だから 大丈夫だって!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年4月13日 (月)

願いは 叶う

心に 強く 願ったことは

いつか きっと 叶う

忘れた頃かも知れないけれど

いつか きっと 叶う

でも 100%は叶わない

だけど それは しょうがない

恨みや 呪いが 叶わないように

その分 割引かれてるのだから

心に 強く 願ったことは

いつか きっと 叶う

それで 自分と 周りの皆が

幸せになれることなら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 1日 (水)

ナウマン象

といえば、我が国では…、「信州・野尻湖」の専売特許になってますが、今自分が暮らしている、そしてなにげなく往来しているところからも出ているのね。
先日、参考書を探しに行った三河台公民館図書室で、偶々見つけた、漫太郎師匠の本で知った次第。
信州野尻湖の最強の思い出は……大学三年、サイクリング同好会の信州合宿。一〜二年の「ゲロテン」から、晴れて「新品テント」の身分に。夕食が終わってテントに納まる。そこへ、夜半から豪雨。新品テントだから大丈夫と高をくくっていたのに、足が冷たくて目が覚めて・・・明るくなるまで水のかい出し。それを尻目に、クークラクークラ安らかに寝ていたのは、谷さん、お前だよ!
周りのことなんか、放っておいていいんだよ、あの時みたいに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 7日 (土)

曲がり角

1985年、高校を出た年の四月に書いた詩だ。当時、何だか経験したことのない不安でいっぱいだったのだろう。
あれからもう二十ウン年過ぎたのだが、実をいうと、それから不安定な時期が度々あって(今も安定はしていないけれど…)、そのたびに思い出しては、当時のノートを開いて、自分を勇気付けたのである。ちと照れ臭いが、それをここに書き付けておこう。


「曲がり角」1985,4.2


自分のゆく手が

壁にさえぎられたように

見えなくなる時がある

まだ 道は続くはずなのに


それは 自分が

道の曲がり角へ来たから

曲がり角を曲がれば

また ゆく手がひらけてくる


そんないくつもの曲がり角を

曲がりながら歩いてゆく

希望を捨てちゃいけない

曲がり角へ来れば まだ
        みちは続く


ほんの気まぐれで

選んだ曲がり角の道が

続くのは幸せの花園か

それとも 不幸の砂漠だろうか


その道がたとえば

砂漠へ続く道でも

いちど曲がってしまったら もう

引き返すことはできない


それでも 悔やんじゃいけない

苦しさも ひとつの恵み

希望を捨てちゃいけない

曲がり角へ来れば まだ
        みちは続く


そんな いろいろな曲がり角を

曲がりながら歩いてゆく

最後まで希望を捨てちゃいけない

曲がり角へ来れば まだ
        みちは続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)