東日本大震災@福島県福島市

2012年3月11日 (日)

1年経った。

14:46、わが家近所のスーパーの駐車場に停車して、黙祷を捧げました。

ワタクシには、この一年間……長かった。
去年の今日。あの日はもう、ずいぶん昔のような気がする。
今までに経験のなかった色々なことが、あったから。

震災の記憶が風化したからではない。
むしろ時間感覚がのびているゆえに「まだか、まだなのか!」という歯痒さを覚えることが、しばしばだ。


ともあれ、一年。
今日は、多くは語るまい。

ただ、おしまいに一言。

この度の被災地、中でも福島へ……、そしてワタクシなんぞに色々と手を差し伸べてくださった、たくさんの方々……。

ありがとうございます。

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2012年3月 9日 (金)

一年経ったか……

一つ前の記事は……。
ちょうど一年前の3月9日に、半分書きかけて、ワタクシのケータイに眠っていたものである。無理矢理加筆して、一応完結させてみた。

去年の3月9日のことは、記憶に強く刻まれている。

仕事が休みで、コラッセふくしまへ、確定申告に行った。
前々年までは、自宅で書類を完璧に作れたから、1階でさっさと提出だけしてくればよかったのだが……日々進歩するIT環境に、我が家の15年選手のパソコン環境、さすがについて行けなくなり、2010年春の申告から、コラッセ4階の厄介、しめて12階の身分になってた。

2011.3.9、正午直前。係のお姉さんに書類を確認してもらっていた最中……。周囲から一斉に“緊急地震速報・ギュイ〜ン、ギュイ〜ン”が、響き出した。直後、コラッセ4階は、大きな揺れに見舞われ……。

瞬間、騒然としたが……物が落ちたり倒れたりしたこともなく……、青い顔した受け付けのお姉さんに向ってワタクシ「いやいや、いざとなったら、この机の下があるじゃない(笑)」なんて、軽口叩いてたけど。

まさかまさか、それから二日後……。

そして、地震と津波だけなら、まだしも……。

こういう際に、ここに居合わせ、そしてこうして生きさせていただいているのは、何らかの役割が、ワタクシに、あるってことなのかしら……。


それが何なのか、まだ、さっぱり見えてはこないけど。

ただ、思うこと。

大好きな、福島に、穏やかで華やかな春が、訪れますように!

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2012年1月27日 (金)

2番「北国の春」

♪呑みすぎ〜、食べ過〜ぎ、二〜日〜酔い♪

我らが素人落語の会、詩吟のヒロイン、さや歌ちゃんが、NHKの「東北のど自慢」出演!

でも「鐘ひとつ」は、ないよなぁ……でもまぁ、テレビ番組ですからね。

それを視るために、震災の時に、床に転落したテレビのコンセントを初めてつないだ。

この4月で、福島も完全地デジ化。普段でもウチでテレビを視ないワタクシだから、このテレビに電源が入るのは、たぶん、今日がラスト。

最初に就職した会社の“石塚さん”に頂戴して、この春で、24年……。テレビが大好きだったオヤブンの思い出も……。

さでワタクシ、明後日は、東京・柴又で「2番・北国の春」、演って来ます!

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2012年1月20日 (金)

忘れてたことを色々と思い出す…

昨年9月、池田へ行ったときのこと。


決勝戦の観覧入場待ちの列が、外階段を上って二階まで、かなり長く伸びていた。

その最後尾へ向かいながら「おや、この建物、ずいぶんとヒビ割れがあるなぁ」と思った瞬間、気が付いた。


池田も“被災地”だったのだ、17年前……。

何しろ、我がことだけで夢中だったから、思いもよらなかった。
しかし、ワタクシの予選を思い返せば……高座から、この度の震災に対して、一言お礼を申し上げたところ、温かい拍手が沸いた。
あの拍手には、17年前の、池田の皆さんのこもごもが、こもっていたのだ……。


しかしながら、その感動は、決勝戦のファイナリストの皆さんの熱演を観ている興奮のうちに、昇華してしまったかのようになり、福島へ帰って来てからの日常に、すっかり埋もれていた……。

言うまでもなく、1月17日は、阪神大震災の発生した日。昨年起こった東日本大震災との関連もあって、当日のニュースは震災関連のものが多くを占めた。それで……ワタクシもようやく、池田・予選の高座風景を思い出したのだ。

17年先……今回の震災を、そして、たくさんの人々が東北、福島を応援してしてくれたことを、どれだけの人が憶えているだろう。

いただいた心を忘れず、感謝の気持ちを持ち続けないといけないなぁ。

改めて、池田の皆様、ありがとう! 今年もぜひ、伺いますよ。

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2012年1月13日 (金)

会津の味噌

まだトーキョーにいて、オヤブンの店があった頃だから、もう9年以上も前。

店のバックスペース、オヤブンの部屋で、いつもの如く二人で何か作って呑んで……。明くる朝。

オヤブン「おい“卓”、味噌持ってくか」と、のたまう。何を作って肴にしたのかサッパリ記憶に無いけれど、たぶん、在庫の味噌を使った一品を、ワタクシ“美味い、美味い”と、平らげたのだろう。

「会津の味噌は、甘いけど、いいか?」と云いながら、中くらいのタッパー一杯に味噌を詰めてくれたっけ。そのタッパーは、今なおウチの台所にある……。

今宵の夕食は「味噌風味鍋」。使った味噌は、会津のもの。

正直今まで、なかなかこの味噌、買えなかった。年に一度のゼイタクで、清水の舞台から飛び降りるつもりになって、カゴに入れたものだ。
それが、この頃、スーパーで半値で売られているのをしばしば見受ける。
一消費者としては有り難いけれど……。なぜそうなってしまったかが解るゆえに、そして、オヤブンが、あの味噌をくれた時に見せた、さりげない“ふるさと自慢”の気配を思い出すにつけ……やりきれない思いが募る。

お米、お味噌、野菜、お肉、お魚、海藻、牛乳、お豆腐、そしてもちろんお酒……。口に入るものがみんな美味しく、安心だった福島。

美味しいのは、変わってない。

“安心”を取り戻すために……ワタクシは、何をしたらいいんだろう……

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2012年1月 4日 (水)

出直し遣り直し新規まき直し

出直し遣り直し新規まき直し
3・11以来、ほとんどそのままだった、我が家の書棚。本日修復完了。

書棚に限れば、修復所要経費、約500円、所要時間、1時間弱。
だったらもっと早くやりゃぁいいのに、と、思いますよね。でも、こういう作業って、ワタクシなかなかエンジンがかからない……。


ただ……ストーブ焚けないのは、そろそろ限界。
何を隠そう、我が家はこの冬、未だ一度も暖房してないんです(苦笑)。畳の上に放置された本の山のド真ん中に、ストーブが鎮座ましましていたので……。

これでやっと、灯油買える。


もっと早くやりゃぁよかった(爆)。

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2011年10月23日 (日)

平林

3年前の「落語再デビュー」のとき、演りたい噺リストを作った。「平林」は、じつはその最右翼だった。

しかし、どういう風の吹き回しか、再デビューの初高座には“つる”を選んだ。「“つる”やりま〜す!」と云っちゃったあとで、我が家のストックを探ったところ、なんと、ひとつもない! 馴染みの書籍に図書館で当たったけれど、これにもない! はっきりした憶えではないのだが、少年時代に地元のホール落語会で、たった一度、桂 歌丸師匠の“つる”を、ナマで観た。これが、よほど、印象に残ってた、らしい。


この、再デビューの“つる”は、今の“とんぼ”の芸風、すなわち「時事問題」を絡める出発点になった。この時の“つる”は、結構ウケたし、自分でいうのもヘンだけど、あとでビデオ観て、自分で笑ってしまった……。ただ、その時そのままの“つる”は、今はもう、できない。世の中はめまぐるしく移り変り、時の首相の辞任の捨て台詞なんか、ほとんど誰も憶えてないだろう。しかも「浜辺の沖から、ツ〜ッ!」は……あの3・11の惨状を思い起こさせる……。今年“つる”は2回掛けたけど、GWに仙台へ押し掛け落語をしたときに、東北学院大落研部長、信祈楼かすみさんがやっていた「山バージョン」をいただきして「福島の山バージョン」に変えたもの。この先、少なくとも10年くらいは、ひょっとすると一生この先「浜辺の松に……」には、戻せないかもしれない。

それはさておき「平林」。
なぜこの噺を演りたいと思ったかというと……これもウチの「音源ストック」には皆無だから。
この噺、幼い頃馴染んだ落語の本には載っていて、記憶にさっぱりないながら、多分、中高生の頃、好んで高座に掛けていたはずである。なぜなら「タイラバヤシかヒラリンか、イチハチジュウのモ〜クモク、ヒトツにヤッツにトッキッキ!」と、スラスラっと出てくるから。

でもこれ、なんでウチの音源にないんだろう……、あ、オチが、まずいのか!

「気が違った」は、放送コードに引っ掛かりかねないもんなぁ……。

でもこの「平林」、たったそれだけで、知らない人が多い、なんて、もったいない! そうか……ひょっとして、今、放送に乗せられない落語って、ずいぶんあるのかもしんない。せっかくナマの落語をやるんだから、そういうものも(お客さまの不快を催さないレベルで)色々できたら、いいなぁ。

ワタクシが元々参考にしていた書籍では「タイラバヤシか……」をやるのは“権助”の設定。“つる”をとりあえずやりおおせての年末、東京の田舎へ帰省するとき、これを書写したものを持って、バスの中で少〜し稽古をしてみたのだけど……どうも、後味がよくない。
権助は落語の中の大立て者だけど、彼を主人公に据えて、しかも彼を笑い者にする噺は……ワタクシの来歴からいって、できたものではない。

悩んでいたときに出会ったのが、圓窓師匠の「落語図書館」。権助でなく、定吉が主人公。そして「平林」の読み方も、バラエティが増えている。「ヘイリン」が、埼玉・新座の「平林寺」と読みが同じだとは、その近所で育って、しかも福島移住直前にも住んでいて、通勤でほぼ毎日傍らを通過してたのに、ちっとも気が付かなかった……。目から鱗。
そして、談志師匠のCDからは「英語で読んだら」という、大きなヒントをいただいた。

まぁ、それを取り混ぜて……「定吉が、コトバ遊びに翻弄されるうち、とうとう仕舞に壊れちゃう」という……、とんぼの「平林」は、かなり、シュールな出来、なんざます。

明日(……おっと、油断してたら寝ちゃった……もう“今日”だ)は松川へ、この「平林」、持っていきます。

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2011年9月25日 (日)

23日は、墓参り

23日は、墓参り
恒例の、タンドーのオッサンのお墓、西会津・野沢の常泉寺さんへ。

先日の池田往復で、気が付いた。「あ、今なら、高速タダじゃん!」

1時間半で到着。速い、速い。

ただしねぇ……。ワタクシの愛車ミニカくん、貨物仕様の3速オートマゆえ、高速走行燃費がよろしくなく、街走りと変わらない……。お金の面だけみたら、普段の土湯経由の方が、かなりトクでした……(苦笑)。

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2011年9月 9日 (金)

おと丸姐さん

7年前、初めて「うつくしま芸人会・第10回テルサ寄席」を観に行って、まず驚かされたのが、「初音家おと丸」姐さんの存在。
開口一番の三味線漫談に聞き惚れ……、しかも、出囃子がすべて、おと丸姐さんの生演奏ときたもんだ! 福島、なんてスゴい会があるんだ、コレはぜひ、自分も交ぜてもらいたいなぁ〜……。わが「天狗熱」の、ぶり返しの原因、数ある中で、おと丸姐さんの存在感は何よりも大きいかもしれない。
去年のテルサ寄席では、その、憧れの姐さんと一緒に、出囃子を担当することができた。これは、嬉しかったなぁ。

姐さんは「川俣町」在住。この震災の原発事故で、川俣の一部が“計画的避難地区”になってしまった。姐さんのお住まいは該当してはいないのだけど、小学生の息子さんがいらっしゃることもあり、自主的に引き払って避難した。その避難先が……「和歌山県」。

今度の「台風12号」の水害……テレビが伝える映像は、つい半年前の東北沿岸部の津波や、須賀川のダム決壊現場と変わらない。言葉を失う……。
和歌山へ「避難」したはずのわが「おと丸姐さん」は?

今朝、姐さんから「無事にしてるよ〜」という、ユーモアあふれるメールをいただいて、ひとまず「ホッ」。

被災された人々も、安心して暮らせる「ニッポン」でありますように!

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2011年8月26日 (金)

文庫2冊

文庫2冊
震災発生からまもなく半年。地震で倒壊した“我が家の本棚”は未だそのまま。部屋は整理整頓がメチャクチャ下手くそな古本屋のバックヤード状態……。

本を片手にしないと眠れない、強度の“活字中毒”なんだけど、本の背中を眺めながらランダムに手に取るほうなので、整理の行き届かないのはちっとも気にならない。だから片付け、一向に埒があかない。我ながら困ったものだ……。

そんな“瓦礫”の中から掘り出した、文庫本2冊。

まずは、筒井康隆「乱調文学大辞典」。
本文は「悪魔の辞典」パロディーだが、今回読み入ってしまったのは、巻末の「あなたも流行作家になれる」。
これって「落語」に、応用できなくね? ましてや「池田」まで、カウントダウン30日切ったし。
読みながら、先日、日が志さんが話してた、某審査員G・F氏のことなどを思い出しておりましたです。
この本から今回読み取ったこと。「自分のスタイルは守り通せ。ただし、通用させるためには、その世界の約束事を識って、守ろう」。
なるほど、なるほど……。


さてもう一冊は、イザヤ・ベンダサン「日本人とユダヤ人」。
今のところ最初の章あたりだけど、日本人は皆「水と安全はタダだ」と思ってると書いてある。
「人災」というコトバが近頃使われだしたが、それが日本では「天災への備えが足りなかった」意味で使われる、とか、災害は全て一過性のものだと思い込んでいるとか、政治の至らなさをリーダーを引きずりおろせば何とかなっちゃうと考えたがる、とか、とか。
まさに震災発生以来の、いろんな状況にあてはまる……。
しかし、フクシマ……千年単位とは云わないまでも、当分「原発事故」を背負っていかなければならないだろう。

悔しい。
大好きな福島が、こんなふうにされちゃったことが……そして、かつては自らが、福島原発の恩恵を受けていた人間であったことが。

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