書籍・雑誌

2012年3月14日 (水)

びんぼう自慢

小学校高学年から中学校低学年にかけて、ワタクシは、清瀬市立図書館の、落語関係の書籍をほぼ全て読破していた。
中には「中国艶笑咄集」なんてのもあって“当時は”どこが面白いのやら、さっぱり理解できないものもあり……わからないがゆえに平気で図書館から借り出してくるものだから、オフクロなぞは、さぞや苦笑いしていたに違いない。

「びんぼう自慢」も、一度ならず借りたような、うっすらとした記憶がある。

この本は、かの“志ん生”師の、自叙伝。

これを読んで、小学生のワタクシは、どんな感想を抱いたのだろう……。はっきりとした憶えはない。
でも、ひとつだけ言えることはある。

貧乏は、恐くない。

……ん〜。
そんな感想を持ったところから、ワタクシの現在の「ビンボー生活」が、始まっちゃったのかも……(笑)。

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2012年3月 9日 (金)

漫画と落語・4(終)

漫画と落語・4(終)
続き……。

今回のシリーズ、そもそもこの本がきっかけだった。
それで、ワタクシが何を云いたかったかと云えば……ご想像の通り「漫画と落語の類似点」。
・笑いが求められる
・でも、笑いだけではない
・一人でできる
・世の中の事情や自分の思いを、単純化して表現する
・お客さま(読者)を得て、はじめて「芸(芸術もしくは商売)」として成り立つ
・その表現は、先人が培ってきた約束事、ルールに負うところが大きい
etc.、etc.……。


しかし、一番の共通点は「漫画を描く人」「落語を演る人」に、色々出会ってきたけれど……(ワタクシは別として)真摯な人ばかりだ。


ヒトはみんな、もともと真摯な心を持っているのだと思う。
親に迷惑かけたくないから何としても一流国立大学に受かろうと思ったり、二重生活の家族双方を幸せのまま保ちたいと思ったり……。
ただ、真摯さも度が過ぎて、視野が狭くなると、おかしな方向へ向かってしまう。「窮鼠、猫を咬む」で一発打開がはかれるか。それを実現したのが、かの信長の「桶狭間」だが……、近ごろ見聞きする「逆転狙い」は、あまりにも浅く小粒過ぎて、哀れだ。

しかし、物事に、真摯に取り組み続けていれば、かならずそれは結実する。
初めには、思いもよらなかったようなカタチを取るかも知れないけど……。

落語にしても、漫画にしても、登場人物が一生懸命じゃなければおもしろくない。
でも、これって、落語や漫画に限らないか。どんな仕事も学業も、真摯に一生懸命取り組み続ければ、興味はますます増し、上達するから。

しかも、落語と漫画、定年はない。柔軟な感性があれば、プロでもアマでも、一生のライフワークとして、保ち続けられる生きがいになる。

一人でできる、人生表現。

そこが、一番の共通なのかな。

「完」!

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2012年2月21日 (火)

おっとととの、大臣(おとど)

おっとととの、大臣(おとど)
“その昔、守屋の大臣、聖徳太子と仏法を争いしとき、守屋の大臣、多くの仏像金像をこの難波堀江へ投げ込み、それが埋まり埋まって大坂の土地と相なった”……。

「御神酒徳利」の、お稲荷さんのセリフ。

久しぶりにこの「悪人列伝」を引っ張り出したら、初っ端が“蘇我馬子”。著者、海音寺潮五郎は、蘇我馬子の栄達に至る歴史を、丹念に述べる。
だから、まだちっとも“馬子さん”が、出てこない(笑)。

でも、これを読んでいると、物部の守屋さんは“大臣(おおおみ)”じゃなくて“大連(おおむらじ)”。しかも聖徳太子の一世代前のひと。
だから、本当のところは、守屋さんと聖徳太子さんが“仏法を争う”なんて、ありえないのだ。

でも、落語は落語、物語は物語。目くじら立てて時代考証したって、つまらない。

「事件の本質は何なのか」が、大事なんだ。

洋服ばっかりじゃなくて、たまにでいいから「着物」着て動くと、そういうことが……わかるかなぁ……わかんねぇだろうなぁ(笑)。♪シュビドゥバ〜♪

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2012年1月18日 (水)

本が、本を呼ぶ

と云うと、何やら近頃のベストセラーの「美人古書店主と古本にまつわるエトセトラ」みたいだけど……(この正月、この本の著者さんとワタクシに、なんと、ちょっとしたつながりがあることを知ってビックリ)。

先日から再読している「楡家の人びと」である。

精神科医にして飛行機マニアの、斎藤茂太さんをモデルにした人物が登場、立川飛行場へ日参する場面がある。
この時、彼は、飛行場の外にいるのだが……ほぼ時を同じくして“中”にいたのが、内田百間センセイ。

今にして「北杜夫」と「内田百間」が、つながった……。

本は本を呼び、さらには、人と人とを結び付ける力が、あるのかなぁ。あるんだろうなぁ。

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2012年1月 9日 (月)

楡家の人びと

先日、本の山の片付けをしていて、ようやく出てきた「楡家の人びと」の単行本。

文庫本で読みかかっていたのを切り替えて、読み直す。

そうか。
この本には「震災記」も描かれていたのだ……。

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2011年11月 5日 (土)

酒肴奇譚

酒肴奇譚
我が家の本棚には、先日の「北杜夫」コーナーもあったけれど「小泉武夫」コーナーもあった。今は震災で崩れて以来、瓦礫状態になって、そのままだけど……。

その中から「酒肴奇譚」を引っ張り出して、久々に賞味した。

ワタクシ、小泉先生が教授をしていた農大卒。但し、学科が違ったから、在学中は小泉先生の存在を全く知らなかった。関わりがあったのは、サークルの先輩・タケムラさんが、飲み会に「研究室で作った酒だ! 呑み比べてみよ!」と云って“リゾープス酒(麹カビで醸した酒)”と“アスペルギルス酒(蜘蛛の巣カビで醸した酒)”を持ってきて……。その後、当時まだ地べたを走ってた小田急線の踏切で「匍伏前進!」をタケムラさんがやって、ワタクシもアホだから真似して、肘を血だらけにしたこと……ぐらい(苦笑)。

これ、多分、以前にも同じことを書いているんだけど、ワタクシが小泉先生の著作に出会ったのは、大学卒業後、しばらく経ってからである。以来「農大OB」のワタクシのどこかに、この「小泉武夫」という先生の名前が刻み込まれた。

まさか、そののち十数年して、小泉先生の出身県、フクシマに暮らすことになろうとは。

改めて読んでみると……ワタクシ、ずいぶん、小泉先生の影響を受けているなぁ、と。
「酒肴奇譚」巻末に、この本の成立の次第を先生ご本人が述べてらっしゃるのだが……幼少の頃に出会った、旅回りの講釈師の先生に、影響を受けたとのことである。おそらくそこから出発しているのだろう、小泉先生の語り口には、どこか寄席芸の雰囲気がある。

明日は、落語と、たぶん「みどりの窓口の担当が切符を箱から出してくれたら」幻の美味しい魚を楽しめる会。

「どうして、農大なんかに行って、それで後々全く関係ない仕事に就いて、またまたなにゆえ、フクシマなんかへ来ちゃったんだべ」と、何度、思ったことか……。でも、これが、運、これが、運命なのかもね。

このところ、ちょっと胃が痛かったりするけど、毎日を、楽しく美味しく、暮らしたいなぁ。

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2011年10月26日 (水)

どくとるマンボウ、ありがとう

どくとるマンボウ、ありがとう
《マダガスカル島にはアタオコロイノナという神さまみたいなものがいるが、これは土人の言葉で「何だか変てこりんなもの」というくらいの意味である。》……この書き出しの一文は、ワタクシにアタオコロイノナの息を吹き掛け、すっかり虜にしてしまった。

「どくとるマンボウ航海記」に出会う中学1年まで、ワタクシは自分が大変ノロマなこと、そして、世間一般とは、どこか感覚がズレているらしいことに気が付いていて……、それが嫌で嫌で、たまらなかった。

でも、これがきっかけで「なぁんだ、そんなこと、気に病まなくてもいいのかぁ!」と、方向転換できたように思う。

どくとるマンボウは又「ブレる」人でもあった。ブレの大きいワタクシ、何度、勇気づけていただいたことか……。

実はワタクシ今、相当「下ブレ」気味だ。
でも「アタオコロイノナ」の使徒歴、伊達に32年半、やってない(笑)。たぶん、今回は、今が、でなければ間もなく底だ。そしたらまた、昇っていけばいいもんね。

どくとるマンボウ、ありがとう、そして、バイバイよ。
ホントは「楡家」の単行本も、本棚の「瓦礫状態」のどこかにあるはずなんだけどなぁ……。

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2011年8月26日 (金)

文庫2冊

文庫2冊
震災発生からまもなく半年。地震で倒壊した“我が家の本棚”は未だそのまま。部屋は整理整頓がメチャクチャ下手くそな古本屋のバックヤード状態……。

本を片手にしないと眠れない、強度の“活字中毒”なんだけど、本の背中を眺めながらランダムに手に取るほうなので、整理の行き届かないのはちっとも気にならない。だから片付け、一向に埒があかない。我ながら困ったものだ……。

そんな“瓦礫”の中から掘り出した、文庫本2冊。

まずは、筒井康隆「乱調文学大辞典」。
本文は「悪魔の辞典」パロディーだが、今回読み入ってしまったのは、巻末の「あなたも流行作家になれる」。
これって「落語」に、応用できなくね? ましてや「池田」まで、カウントダウン30日切ったし。
読みながら、先日、日が志さんが話してた、某審査員G・F氏のことなどを思い出しておりましたです。
この本から今回読み取ったこと。「自分のスタイルは守り通せ。ただし、通用させるためには、その世界の約束事を識って、守ろう」。
なるほど、なるほど……。


さてもう一冊は、イザヤ・ベンダサン「日本人とユダヤ人」。
今のところ最初の章あたりだけど、日本人は皆「水と安全はタダだ」と思ってると書いてある。
「人災」というコトバが近頃使われだしたが、それが日本では「天災への備えが足りなかった」意味で使われる、とか、災害は全て一過性のものだと思い込んでいるとか、政治の至らなさをリーダーを引きずりおろせば何とかなっちゃうと考えたがる、とか、とか。
まさに震災発生以来の、いろんな状況にあてはまる……。
しかし、フクシマ……千年単位とは云わないまでも、当分「原発事故」を背負っていかなければならないだろう。

悔しい。
大好きな福島が、こんなふうにされちゃったことが……そして、かつては自らが、福島原発の恩恵を受けていた人間であったことが。

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2011年6月22日 (水)

徳川将軍家十五代のカルテ

徳川将軍家十五代のカルテ
著者は、お医者様。
文献に残っている徳川将軍の様子を手がかりに、15人の将軍の健康状態と、死因を推理した書。

まだ最初の辺りしか読めてないけれど……初代家康、二代秀忠は、胃ガンだったそうな。

こんなことを読んでいたら、2年前、いかなる予感をしたのか知る由もないけど、ここFukushimaから、さっさと“あの世”へ避難してのけた、タンドーオヤブンを思い出す。

オヤブンの父上が亡くなる直前。晩秋に久しぶりに訪ねたら「こないださぁ、オレ、血ィ吐いてぶっ倒れてさぁ……、日赤病院に入院しただよ……」という、やけに弱気な一言。
聞けば、ピンピンしていた親父さんが珍しく体調不良を訴えたので、医者さまに診てもらったところが……、その場でいきなりの余命宣告……。

きっとオヤジさんが大好きで、尊敬もしていて、それで「数学のセンセイ」になっちゃったオッサン(オヤジさんは、福島の県立高校でトップクラスの学校の教頭・校長を歴任)。東京より近いは近いけど、毎週の福島〜西会津往復、最愛のオヤジさんの瀬戸際に臨んで、オッサン、今までに経験のないストレスにさいなまれていた、のだろう……。

一週間経って、電話したら、酔っ払ってエキサイトした声で出た。「全部、終わったぞ〜!」と……。

まさか、たったその半年後、ワタクシ自身がオッサンを見送ることになるなんて……全く想定外だった……。

色々な人に「タンドーのオッサンの確たる死因」をいまだに尋かれるのだが、ワタクシ、実の所、確認はしていない。ある程度のことを聞くことは聞いて、臨終の状況がいかにして起こったか、を、おぼろげに理解しているだけである。

おそらく、引き金は「胃潰瘍、もしくは胃ガン」。それに加えて永年の酔っ払いで疲れきった、肝臓の破綻が襲ったのだろう。

オッサンに胃病を発したストレスの原因に、ワタクシも絡んでいる。今更悔やんでも、何のタシにもなりはしないけど……。

だから、せめて……
一人なりとも、ストレスを発散させてもらえるようなことをやりたいな。

何? なに? オマエの噺自体がストレスの素だって?……。
それは申し訳ありません(苦笑)……。

今度の日曜日、「第2回・仙台あまちゅあ落語こんてすと」で、“紀州”にて、開口一番をつとめます。
御来場の皆様と、そしてワタクシ自身の“ストレス”を、昇華できますように……一所懸命、演ります! どうぞよろしく!

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2011年6月18日 (土)

筆記体

7年前に、塾の講師になって驚いたのは「いま、学校ではアルファベットの筆記体を教えない」というのである。

ワタクシが英語を学び始めた、約三十年前、筆記体は中一で、既に必修だった。
確かに、憶えるのは、煩わしい……しかし、一旦慣れてしまえば、ブロック体でチマチマ丸だの直線だのを書くよりも、格段にテストの答案を仕上げるスピードがアップする。当然、当時(多分、今でも)英語で高得点をゲットする、強力な武器だった。

ただ、ワタクシも今は英文なぞ書く機会がほとんどないから、結局、ブロック体と筆記体の中間の、半端な書体になってしまったけれど……。

何故、今時そんなことを思い出したかというと……。

今日、図書館で「新潮日本文学アルバム・内田百間」を借りてきたからである。

百間先生、夏目漱石門下。若い頃に漱石御大からもらった書簡、これが……見事な、草書。
そして百間先生の日記の書体も、草書に近い行書である。


……ん〜……読めない!


ワタクシ先日、ハガキを一本書いたのだが、チマチマ金釘流楷書、すなわちブロック体……。
もっとも、達筆な草書行書で書いたところで、送った先の人に読めないだろう。そればかりでなく、配達する郵便局の人にも、おそらく読めない……。

外国語を云々する前に、自らの「国語」を、なんとかしないといけないね……。

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